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バナナ美味しいぞー!

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そう叫ぶごとに、その甘い匂いが辺りに振りまかれるようでした。
 しかしいつになっても 誰もバナナの実を採りに来ません。
「どうしたんだ?バナナの実は美味しいぞ!誰か早く取りに来い!」
タケルはだんだん焦って着ました。バナナの実が完全に熟しきった頃になれば、自分の体が腐り始めるという事が本能的に分かっていたのです。
だから美味しい実を食べてもらうのが、最高で最後の喜びなのです。
それが誰にも食べてもらえず、このまま腐ってしまうなんて
「誰かーッ!はやくーッ!バナナ美味しいぞーッ!」とタケルは叫びました。
しかしそれは声にならず、甘い匂いを少し外に振りまいただけでした。
ダメなのです。これでは。
近所に人がいなければ誰も気がついてくれないのです。
人間だったら走っていって人を呼びにいく事も出来ますが、植物では動く事が出来ないのです。
多分普通の植物だったら、食べてもらえなくても諦めて悠然としていられるのでしょう。
それがタケルの望んだ「崇高」だったのですから。
でもタケルは植物になっても「崇高」にはなれなかったようです。
人間だったタケルは植物になってもやはり自分に気が付いて欲しいと思ってしまうのです。近くに人がいないのなら、いるところまで走っていっても自分に気が付いて欲しいと思ってしまうのです。
(ボクはこんなにも人を恋しがる人間だったんだ)
そう分かってタケルは泣きました。
泣いて泣いて頭の中が真っ白になるまで泣きまくりました。
 ふと気が付くと子供が立っていました。
タケルは急に胸がときめきました。
その子の顔を見ようとしましたが、涙で目が曇って良く見えません。
その子はバナナの実を一つだけもじいて皮をむき始めました。
タケルは目を凝らし、息を飲んでそれを見守りました。
いよいよその子が一口食べました。そして
「おいしーなー、これ。こんな美味しいバナナ初めてだ」と明るい声で言いました。
タケルは言いようもないくらい感激しました。
そして(人間はチョットしたことで、こんなに人を喜ばせる事が出来る)という事に初めて気が付いたのでした。
(こんな簡単なことを人生の最後に気がつくなんて)と思うと 自分が考えて来たことや して来た事が あまりにも幼稚で愚かでみっともなくて 笑ってしまいそうでした。
でも何故か涙が出て来ました。
それは本当に美しいものを理解した涙でした。
人生は たとえどんな人生でも 愚かでみっともないくらい小さな人生でも 眩しいくらい輝き 素晴らしいと 今感じられたのです。
そしてタケルはどうしてもその子の顔が見たくなりました。
精神を集中してじっと見詰めると、ようやくその子の顔がハッキリ見え始めました。
純真な目、優しい顔立ち、何か懐かしいような気がしました。
そして(アッ!)と気が付いたのです。
その子はバナナになる前のタケルだったのです。
タケルは急にグルグルと何かに巻き込まれてしまい、意識がなくなってしまいました。

 ふと意識を取り戻したタケルは人間の姿になってバナナの木の前に立っていました。
こんな不思議な体験をしたのに、ごく普通に今の状況を理解していました。
そして手に持っていたバナナを全部食べてから 木になっているバナナに手を伸ばして一番下の一房をもぎ取って「美味しいから家の人にも食べてもらうからね」そうバナナの木に言って、家に帰りました。
タケルが家に帰るとすぐに 同じクラスのマサルが遊びにやって来ました。
「このバナナうまそうだな」とマサルは言いました。
「うん、凄く美味しいよ。食べれば」とタケルが言うと「じゃあ、いただきまーす」とマサルは早速食べ始めました。
「うめーなー。これ本当にうめーよ」
マサルの嬉しそうな顔を見てタケルは何となくくすぐったいような気持ちです。
そしてふと思い付いて「マサル君。今度マサル君の家に遊びに行っていい?」と聞きました。
するとマサルはちょっと困ったような顔をしました。
そして「いいんだけど。おれんち狭いし、小さい子がいるから ちょっと騒いだだけでかあちゃん 怒るんだ」マサルはやっとそう言いました。
(それでいつもマサル君は家に遊びに来いと誘ってきた事が無かったのか)とタケルは初めて分かりました。
「小さい子?あー、いいなー。僕にも見せてよ。大丈夫だよ、僕 大人しくしているから」とタケルが言いました。
「そうか。そうだなあ。妹なんだけど、けっこう可愛いんだ」
マサルは少し得意顔になりました。
「なんだよ。もったいぶらないでよ」
「よーし、それなら今から行く?」
「うん」
そうして二人は外に出ると、元気良く走り出しました。
作品名:バナナ美味しいぞー! 作家名:作田修