大魔王ハルカ(旧)
手錠が外されたのはエルザが気を抜いていたためではない、カーシャにとって彼女は所詮生徒だった。魔導力はカーシャが数段上だっただけのこと。
「私はハルカに会いに行く(ふふ、おもしろいことになってきた)」
そう言ってカーシャは空に舞い上がり、この場から逃げた。
当然のことながらエルザは逃げたカーシャを追いかけるべく、レビテーションでファウスト共々空に舞い上がろうとしたが、上空3mもしないところで地面から、ぐぐっと引っ張られた。下を見るとファウストがマナを溜めているのが見えた。彼が抵抗してエルザが空に舞い上がることを邪魔していたのだ。
「行かせてやれ、こんなおもしろいことは滅多にない(クク、国中が大騒ぎだ)」
「くっ、何をする!(学院の教師どもは揃いも揃って何を考えているのだ!)」
エルザはファウストを拘束していたチェーンを解呪しようとしたが、できなかった。
「今度は私が君を拘束する番だ(ククク)」
拘束していた筈の者に逆に拘束されてしまったのだ。
「邪魔をするな! 公務執行妨害だぞ!!」
「邪魔をするなだと? 私を誰だと思っている? 私はヨハン・ファウストだ!」
異変に気づいたエルザの部下である治安執行官たちがファウストに飛び掛かったが、ファウストの発した黒いオーラによって吹き飛ばされ近づくことすらできなかった。
「ククク、この国は退屈しなくて実に住みよい国だ」
「同志たちよ、いつにボクたちが待ち望んでいた救世主が現れたよ(ふにふに)」
映像のローゼンクロイツはハルカを高く掲げて、映像を見ている全ての者に見せ付けた。
「この、ボクたちの住む世界とは異なった異世界から来た黒猫が、ボクたちの魂を解放して楽園へと導いてくれる(ふあふあ)」
映像が突如ザザーッと乱れ、そしてプツリと消えた。発信者側に問題が起きたのだ。
無表情のローゼンクロイツが後ろを振り向くとそこにいたのは!?
「こんばんわクリスちゃん。3ヶ月前の感謝祭以来だな(相変わらず変な格好をしているな)」
そこにいたのはカーシャだった。
ローゼンクロイツもルーファスもハルカも、誰一人としてカーシャが近づいて来たのに気づかなかったのだ。恐るべしカーシャの忍び足。
「なぜ魔女がここに(ふにふに)」
ローゼンクロイツはカーシャのことを魔女と呼んでいた。
「それは、この場所がどうしてわかったかという意味か?」
「いくら魔女の女王でもボクの結界は破れない筈だよ(ふーっ)」
無表情な顔についた口が一瞬だけ歪み、すぐに無表情に戻る。ローゼンクロイツの声音はいつもと違っていた。いつものゆっくりとしていて透き通るような声ではなく、今の彼の声のトーンは少し低めだった。
「私の正体を知る数少ないおまえならわかると思うが?」
「学院時代の魔女とはマナの波動が違う。……もしかしてチカラを取り戻したの? もしそうだったら……少し驚き(ふにふに)」
「そうだ、チカラを取り戻した今の私は、この国で一番の魔導士だ。一番はクリスちゃんではなくなった。格が下の魔導士の結界など無いも同じ(クリスちゃんとはいろいろあったが、今なら絶対負けない)」
『いろいろあった』ってなんですかカーシャさん。てゆーか、この人いろんな人といろいろあり過ぎ。
てな感じで二人が会話を進めているなか、ハルカはある言葉がずっと頭に引っかかって、そのことだけに頭を使っている状態だった。その言葉とは、『ボクたちの住む世界とは異なった異世界から』というローゼンクロイツの言葉。彼はハルカが異世界から召喚されたことをどこで知ったのだろうか?
「あの、お取り込み中のところ申し訳ないんですけど、ローゼンクロイツさんはなんで私が異世界から来たこと知ってるんですか?(この人なら勘とか言いそうだけど)」
本当にお取り込み中だった。
プライドの高いローゼンクロイツはカーシャに結界を破られたことが、ショックだったらしい。
「結界が破られるなんて……そんな自分に苦笑(ふ〜)」
無表情な顔についた口が一瞬だけ歪み、すぐに無表情に戻る。そんなローゼンクロイツにカーシャは、びしっとばしっと人差し指を顔に突きつけた。
「学院時代に負けた運動会の障害物競走、今なら勝てる!」
以前カーシャはローゼンクロイツに障害物競走で負けたことがあった。ただ負けただけならばカーシャも気にしなかっただろうが、二人はレースの前に罰ゲーム付きの賭けをしていて、カーシャはレースに負けた上に賭けにも負けて、しかもレース中にローゼンクロイツに酷い目に遭わされていた。それが今でも尾を引いているのだ。
「……負けず嫌い(ふっ)」
無表情な顔についた口が一瞬だけ歪み、すぐに無表情に戻る。
「なんだと!?(罰ゲームで受けた私の屈辱、今思い出しても笑えない……ふふ)」
そう考えながら心の中で笑っているカーシャ。この人のことはよくわからない。
「あのぉ、お取り込み中申し訳ないんですけど!(何で二人とも気づかないわけ?)」
ハルカは頑張っていた。
「ちょっと、ローゼンクロイツさんに話があるんですけど!(いい加減気づいてよ!)」
気づかないのには理由があった。実は二人ともわざとハルカを無視していた。つまりグルになってからかっているのだ。
「…………(クリスちゃんとはこういうところで気が合うな……ふふ)」
「…………(ふっ)」
確信犯だった。二人の息はぴったりだ。
「あのぉ〜!!(いい加減にしてよ!!)」
「……飽きたね(ふにふに)」
「……そうだな、ハルカをからかうのもこのくらいにするか(有意義な時間だった)」
「わざとやってたんですか?(この二人、最強タッグだ!)」
ハルカ的ショックだった。でも、ハルカはめげずにやっと質問した。
「ローゼンクロイツさんは、私が異世界から来たことなんで知ってるんですか?」
「……勘(ふあふあ)」
「(やっぱし!!)」
「……ウソ(ふっ)」
無表情な顔についた口が一瞬だけ歪み、すぐに無表情に戻る。
「本当はエルザ元帥に白状された……自白(ふっ)。事件がもみ消されていることに気づいたボクは、その犯人がエルザ元帥であることを突き止めて吐かせたたら、ルーファスとハルカの名前が出てきてね……因果関係(ふにふに)」
この話を聞いたルーファスは少し慌てていた。なんせ、いろんな罪が国務執行官にバレてしまっていたのだから。
「あ、あの、私たちがしたこと、ローゼンクロイツと私の中なら当然見逃してくれるよね?」
「……交渉(ふにふに)」
「……交渉ってどんな?(交渉したくないベスト3の中にローゼンクロイツは入るんだけどな)」
ちなみにルーファスの交渉したくないベスト3は、カーシャ、ファウスト、ローゼンクロイツである。この三人の順序は誰が一番というわけではない、できれば誰ともルーファスは交渉をしたくない。
「……ハルカを神としてこの世界に君臨させるお手伝い(ふにふに)」
「もっと楽なのない?(神として君臨って……)」
ビビッとハルカは超名案が頭に浮かんだ。
「ルーファス! ローゼンクロイツさんに言うとおりにして!!」
「なんでさ?(神として君臨なんて無理だよ)」
「私が元の世界に帰る条件は?」
作品名:大魔王ハルカ(旧) 作家名:秋月あきら(秋月瑛)