完全犯罪
何を読んでいるのだろう。
少しだけ目を凝らしてみたが、やはり目の前にある本がなんというタイトルなのか斜めになっていてわからない。
ごとん、ごとんっと定期的なリズムの音がする。
電車の中で過ごす朝の時間は嫌いだけど、学校からの帰りの夕焼けに染まった電車の中というのは私のお気に入りの静かな空間だ。この時間帯は、うまくすれば人がほとんどいないということもある。そして、今日はタイミングよく、その人のいない静かな空間だのだけど、私は、その静けさを楽しむことができなかった。
というのも目の前に男性がいるのだ。こんなにあいているんだから、わざわざ私の前に座らなくてもいいだろうに……そんなことを思いながら私はその男性がなにを読んでいるのか、とても気になった。
黒いセーターにズボン。落ち着いたセンスに顔は本のせいでみえない。随分と厚い本だなと見ていて思うのにタイトルがどのようなものなのか気になった。
そういえば学校はどうしようか。明日は、私の嫌いな英語がある。それだけで気持ちが憂鬱となるし、今日は学校の体育で大嫌いなマラソンがあった。マラソンで走ってきたせいで、体が疲れてだるい。
私は、欠伸を噛み締めていると電車がとまった。アナウンスが私の降りる駅名を口にする。はやく降りよう。
そう思って前を見ると、前にいたはずの男性がいなくなっていた。ただかわりに男性の読んでいた本が座席に置かれていた。
本。
私は立ち上がって本を手に取ってみた。どうしようかと考えてまわりをみたけれど、茜色に染まった電車の中には誰も居ないのに私は、本を見て、また周りを見た。茜色にそまった中には誰もないのにそろそろドアをしめるというアナウンスが流れ出していたのを聞いて、そっと本を自分のかばんの中にいれておいた。
これは、捨てられていたものだ。
そう心の中でいいながら私は急がないとドアが閉まりそうになるのに慌てて飛び降りた。
《》
家に帰ってすぐに自分の部屋に直行して、かばんを投げ捨てたあとにすぐに制服を着替えることにした。
この制服、好きじゃないのよね。
学校の制服は、あんまり好きじゃない。いつもみんなに馬鹿にされるくらにい根元まできっちんりとボタンでとめてリボンもつけて。学校の先生での服装チェックでは毎回文句つけようのない満点をとっているほどに完璧な姿。少しは改造――自分なりに手をくわえればいいとたまにいわれるが、センスがないのしない。完璧を装うのは、それがラクだから。
私は、ラフなシャツとズボンの姿になって、電車の中でとって本のことがきになってかばんの中を探った。
本はすぐに出てきた。
分厚い本にタイトルがきれいなロゴで刻まれているハードカバーだ。本の値段が気になって、そっと裏向けて値段をみると千五百円もしていた。うわ、高い。私はそんなことを心の中で呟きながらまず一枚目をめくった。本のタイトルに作者名――次にめくると目次が書かれていて、さらにつぎをめくって二段式になっている文がかかれていた。ぱっと見た瞬間に読む気をなくさせるようなつくりだ。小説好きな人じゃないときっと読まないだろう様な作品だが、私としては最高だった。小説が好きで、時間つぶしとしてはいいにきまっている。それもミステリ作品のようで、私としては文句つけどころがなかった。
本と紙の独特の香りが私をくらくらとよわせてくれた。
ふと、そのとき、この本の本来の持ち主は、これを探しに来るかもしれないという考えが頭をよぎった。
そう思うと、罪悪感がちくりと胸で痛む。だが、こんな高い本を読んでいたのにもかかわらず、座席においてくなんて、間抜け……いや、もしかしたらわざとかもしれない。そんなことを一人で想像して、今日あった不思議なことを頭の片隅で転がして楽しんだ。
私は、いまどきの女子高生としては変わった部類にはいる。見た目は、三つ編みのおさげで、時折眼鏡――視力が下がってしまって――つけていると、本当にどこかどうみても優等生。通っている学校もそこそこに都内では、優秀といわれているお嬢様学校である聖クリスタル学校の目の前にある男女共学のバカ高に通っている。誰が仕組んだかわからないけれど、私たちの学校は頭が爪の先まで有能といわれる上にお金もあるというすべてにおいて並みの人より優れた女性たちのいる学校が目の前にあるのだ。そして、そうした女性たちは、性格もよろしい――学校が近くということでなにかと比較されたりすることもある、最悪の場所に造られた学校だ。なぜ、そこに通っているか、そこしか受からなかったから。
私は、見た目をとりつくろっているバカなわけだけど。
見ためは近寄りがたい優等生。そう、クラスに一人はきっているだろうガリ勉丸出しみたいなださい子なわけだ。
そんなわけで、私は、友達がいない。いなくていい。私はいつも本を読んでいる。なにかバカ騒ぎすることが好きじゃないし、こういうなんだか陰気ガリ勉女というのは、そういう意味でうざったい人間関係から開放されていて楽だ。
私は、本を読むことにした。本だけが、私を現実から解放してくれる。それでも本は終わってしまったら、それまで。だから、できるだけ長く本の世界に浸っているには長い本を読むに限る。この本は、長そうだ。きっと長く私を楽しませてくれる。私はわくわくして読むことにした。
「ごはんよー」
怒鳴り声に私は、驚いて顔をあげた。
反射的に見た時計は既に七時をまわっていた。
やだ、うそ。
私は、心の中で驚いた声をあげた。
読んでいた本は、おおよそ半分弱ほど読めていた。けれど、私は、まだ読んでいた作品の余韻に頭がぼーっとしているのがわかった。
なんて、素敵な作品なんだろう。
私は、うっとりとして本のページを閉じてしまうことがもったいなく感じていた。このままもっと読みたい。
「はやくきなさい」
野暮たい母の怒鳴り声に私は今までもっていた余韻の全てが吹っ飛ばされてしまった。なんてタイミングが悪い人なんだろう。私は、舌打ちしながら本のページを忘れないようにしおりをはさんでベッドからおりた。そうすると、身体の節々が痛い。いつもベッドで寝て読むときは、時々体勢をかえつつ読むのだけど、この本は全くそんなことを考えていなかった。そんなこと考える暇もなく作品を読んでしまった。
部屋から出て居間にいくと、母が苛立った目で私を睨んだ。
「はやくしなさい」
私は頷いて、自分の席について食べることにした。
母は何事もせっかちだ。そんなにあせくせしなくてもいいのに。私は心の中で反論しておく。なにか口にだすと倍になってかえってくることを私は知っている。
ごはんを食べた後、私は、すぐに部屋に戻った。続きがきになったからだ。先ほどから頭の中でぐるぐると本の続きのことがまわっていた。食べ終わった食器を流しにおきいって居間を通って自分の部屋に戻ろうとしていたらテレビで最近は殺人事件がおこっているというアナウンサーの声がして、テレビをみている母が、本当にそうね。と相槌をうつ。テレビに向かって放たれる言葉で私は、無視をする。
少しだけ目を凝らしてみたが、やはり目の前にある本がなんというタイトルなのか斜めになっていてわからない。
ごとん、ごとんっと定期的なリズムの音がする。
電車の中で過ごす朝の時間は嫌いだけど、学校からの帰りの夕焼けに染まった電車の中というのは私のお気に入りの静かな空間だ。この時間帯は、うまくすれば人がほとんどいないということもある。そして、今日はタイミングよく、その人のいない静かな空間だのだけど、私は、その静けさを楽しむことができなかった。
というのも目の前に男性がいるのだ。こんなにあいているんだから、わざわざ私の前に座らなくてもいいだろうに……そんなことを思いながら私はその男性がなにを読んでいるのか、とても気になった。
黒いセーターにズボン。落ち着いたセンスに顔は本のせいでみえない。随分と厚い本だなと見ていて思うのにタイトルがどのようなものなのか気になった。
そういえば学校はどうしようか。明日は、私の嫌いな英語がある。それだけで気持ちが憂鬱となるし、今日は学校の体育で大嫌いなマラソンがあった。マラソンで走ってきたせいで、体が疲れてだるい。
私は、欠伸を噛み締めていると電車がとまった。アナウンスが私の降りる駅名を口にする。はやく降りよう。
そう思って前を見ると、前にいたはずの男性がいなくなっていた。ただかわりに男性の読んでいた本が座席に置かれていた。
本。
私は立ち上がって本を手に取ってみた。どうしようかと考えてまわりをみたけれど、茜色に染まった電車の中には誰も居ないのに私は、本を見て、また周りを見た。茜色にそまった中には誰もないのにそろそろドアをしめるというアナウンスが流れ出していたのを聞いて、そっと本を自分のかばんの中にいれておいた。
これは、捨てられていたものだ。
そう心の中でいいながら私は急がないとドアが閉まりそうになるのに慌てて飛び降りた。
《》
家に帰ってすぐに自分の部屋に直行して、かばんを投げ捨てたあとにすぐに制服を着替えることにした。
この制服、好きじゃないのよね。
学校の制服は、あんまり好きじゃない。いつもみんなに馬鹿にされるくらにい根元まできっちんりとボタンでとめてリボンもつけて。学校の先生での服装チェックでは毎回文句つけようのない満点をとっているほどに完璧な姿。少しは改造――自分なりに手をくわえればいいとたまにいわれるが、センスがないのしない。完璧を装うのは、それがラクだから。
私は、ラフなシャツとズボンの姿になって、電車の中でとって本のことがきになってかばんの中を探った。
本はすぐに出てきた。
分厚い本にタイトルがきれいなロゴで刻まれているハードカバーだ。本の値段が気になって、そっと裏向けて値段をみると千五百円もしていた。うわ、高い。私はそんなことを心の中で呟きながらまず一枚目をめくった。本のタイトルに作者名――次にめくると目次が書かれていて、さらにつぎをめくって二段式になっている文がかかれていた。ぱっと見た瞬間に読む気をなくさせるようなつくりだ。小説好きな人じゃないときっと読まないだろう様な作品だが、私としては最高だった。小説が好きで、時間つぶしとしてはいいにきまっている。それもミステリ作品のようで、私としては文句つけどころがなかった。
本と紙の独特の香りが私をくらくらとよわせてくれた。
ふと、そのとき、この本の本来の持ち主は、これを探しに来るかもしれないという考えが頭をよぎった。
そう思うと、罪悪感がちくりと胸で痛む。だが、こんな高い本を読んでいたのにもかかわらず、座席においてくなんて、間抜け……いや、もしかしたらわざとかもしれない。そんなことを一人で想像して、今日あった不思議なことを頭の片隅で転がして楽しんだ。
私は、いまどきの女子高生としては変わった部類にはいる。見た目は、三つ編みのおさげで、時折眼鏡――視力が下がってしまって――つけていると、本当にどこかどうみても優等生。通っている学校もそこそこに都内では、優秀といわれているお嬢様学校である聖クリスタル学校の目の前にある男女共学のバカ高に通っている。誰が仕組んだかわからないけれど、私たちの学校は頭が爪の先まで有能といわれる上にお金もあるというすべてにおいて並みの人より優れた女性たちのいる学校が目の前にあるのだ。そして、そうした女性たちは、性格もよろしい――学校が近くということでなにかと比較されたりすることもある、最悪の場所に造られた学校だ。なぜ、そこに通っているか、そこしか受からなかったから。
私は、見た目をとりつくろっているバカなわけだけど。
見ためは近寄りがたい優等生。そう、クラスに一人はきっているだろうガリ勉丸出しみたいなださい子なわけだ。
そんなわけで、私は、友達がいない。いなくていい。私はいつも本を読んでいる。なにかバカ騒ぎすることが好きじゃないし、こういうなんだか陰気ガリ勉女というのは、そういう意味でうざったい人間関係から開放されていて楽だ。
私は、本を読むことにした。本だけが、私を現実から解放してくれる。それでも本は終わってしまったら、それまで。だから、できるだけ長く本の世界に浸っているには長い本を読むに限る。この本は、長そうだ。きっと長く私を楽しませてくれる。私はわくわくして読むことにした。
「ごはんよー」
怒鳴り声に私は、驚いて顔をあげた。
反射的に見た時計は既に七時をまわっていた。
やだ、うそ。
私は、心の中で驚いた声をあげた。
読んでいた本は、おおよそ半分弱ほど読めていた。けれど、私は、まだ読んでいた作品の余韻に頭がぼーっとしているのがわかった。
なんて、素敵な作品なんだろう。
私は、うっとりとして本のページを閉じてしまうことがもったいなく感じていた。このままもっと読みたい。
「はやくきなさい」
野暮たい母の怒鳴り声に私は今までもっていた余韻の全てが吹っ飛ばされてしまった。なんてタイミングが悪い人なんだろう。私は、舌打ちしながら本のページを忘れないようにしおりをはさんでベッドからおりた。そうすると、身体の節々が痛い。いつもベッドで寝て読むときは、時々体勢をかえつつ読むのだけど、この本は全くそんなことを考えていなかった。そんなこと考える暇もなく作品を読んでしまった。
部屋から出て居間にいくと、母が苛立った目で私を睨んだ。
「はやくしなさい」
私は頷いて、自分の席について食べることにした。
母は何事もせっかちだ。そんなにあせくせしなくてもいいのに。私は心の中で反論しておく。なにか口にだすと倍になってかえってくることを私は知っている。
ごはんを食べた後、私は、すぐに部屋に戻った。続きがきになったからだ。先ほどから頭の中でぐるぐると本の続きのことがまわっていた。食べ終わった食器を流しにおきいって居間を通って自分の部屋に戻ろうとしていたらテレビで最近は殺人事件がおこっているというアナウンサーの声がして、テレビをみている母が、本当にそうね。と相槌をうつ。テレビに向かって放たれる言葉で私は、無視をする。