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close your eyes-瞳を閉じて-

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「ううん。きっと悠くんがいなかったら、私こんな風に普通に生活送れるだけの状態も、意志も持ち合わせることができなかったと思うの。私は両親に愛されて育って、環境もよくて、叱られたことなんてほとんどなかった。同時に愛されることが当たり前だって思っていた恵まれていたことを当たり前として受け取っていた。でもそれじゃダメだったの。悠くんが叱ってくれたから私は少しずつ本当のことが見えてきたの。それだけじゃない。語りつくせないくらいのことを悠くんは体を張ってくれて教えてくれた。」

ドンッ

木製の丸みを帯びたテーブルを血の気の失せた手がたたきつけた。

「……ッ、よしてくれ!俺は何もしていないといっただろうが!」

一瞬の空白あって、私はゆっくりと声を漏らした。
「あなたがそう思うなら止めないよ……。でもね、私にとっては今話したことが現実なの。たとえあなたが何を思って私に接してくれていたとしてもね、私にとってはそれが救いだった愛だった。」

ただ、貴方がそばにいてくれれば。そこまでは言えなかった。きっと発していたら彼を苦しめるだけだったから。悠くんは顔を伏せて肩を震わせた。彼はいつも心では泣いていた。それでも、初めて形となって彼の涙を見た。

「俺じゃ駄目だ……。君は俺といては幸せにはなれない。」

そういう彼の腕は反面私を抱きしめた。彼の体温を感じる刹那、彼の唇が私のそれに重なる。彼がそう思っていることは知っていたから、私はまた貴方さえそばにいてくれれば、という言葉を飲み込んだ。
「それなら、私を地獄まで連れて行ってほしい」
私にできる最大限の彼への歩み寄りだった。


***

後日、私は悠くんの家を訪ねたが、既に消息を絶った後だった。探偵、知人、最後は警察にさえ頼った。それでも彼は見つからなかった。

「ったく、ハルカの奴、なんで連絡の一言もないんだろうな…。」

それが、こんなところで糸口を見せられてしまって、私はまた希望を抱いてしまう。

私は三島さんの肩を強くつかんだ。

「いてっ、ど、どうしたんだ神楽さん」
彼は顔をしかめたが今は誤るという発想すら浮かばなかった。
「ハルカくんって久遠 悠くんのことですか」
三島さんはすべてを察してくれたように落ち着きを取り戻していた。
「じゃあ君の言う困った人と、僕の言う大嫌いな親友は同一人物らしいな。」
三島さんはチラッと時計を見やると私の手を方からはがした。
「時間も無くなってきたことだし、今日の仕事がひと段落したらゆっくり話そう」
はやる気持ちを抑えきれないが、私は同意するしかなかった。



仕事がほとんど片付き、交代の時間が迫ってきた。そんな時、一組のカップルが自動ドアをくぐってきた。
「そういやお祖父さん今年でいくつだったっけか」
「もうすぐ百歳よ。長寿も長寿よね。いつまでたっても元気なイメージしかないわよ」
どうやらお祖父さんのお見舞いできているようだった。別にどこにでもいそうなカップル、いや会話の内容を察するに夫婦なのだろうか?別段気になる点はなかったのだが、隣にいた三島さんが目を丸くしている。
「浅村と……矢吹か……?」
夫婦がこちらを一瞥すると、足を止めて言葉を失った。どうやら三島さんと知り合いのようだった。だが私もどこかでこの顔を見たことが……。
「三島じゃねえか!お前ホントに介護職に就いたのかよ」
「やりそうな気はしたけど、なんでまたこっちの介護施設なのよ。東京に勉強しに行ったんだから東京の介護施設に勤めてるかと思ったわ」
「いやね、まだやり残していることがあるんだ」
三島さんは私をチラッと見た。もしかしてハルカ君のことなんだろうか。
「ほう、お前の女か?」
「違う。彼女に失礼だ。彼女も俺と同じ目的でこんなド田舎にいるんだろうしな。」
「お前、まだ悠を探してたのか……。いなくなってもう三年だぞ。そりゃあ確かに会って事情くらい聞かせていただきたいのはやまやまだが……。って彼女も同じ目的?」
「確か悠君、女性が……。」
浅村さんはいやな記憶がよぎったようにかぶりを振る。三島さんはそのことには答えなかった。話をそらすように浅村さんは口を開いた。
「それと三島君、あたしもう浅村じゃないのよ」
彼女は免許証を取り出してこちらに手渡した。矢吹 舞、と書かれていた。
「なんだ、やっぱり結婚したのか」
三島さんは爆笑し始めた。浅村さんは少し不機嫌そうに吐き捨てた。
「何よやっぱりって……。私の心が一体どれだけ揺れたと……。」
「お前プロポーズしたとき即答でOK出してただろ」
ゴン
鈍い音と共に矢吹さんの鳩尾に膝蹴りが入った。悶絶している。
「それも面白い話だが、ハルカは正確には女性恐怖症というわけではなく、単に自分の心の引き出しを女性というだけで勝手に引き出される印象があっただけだ。トラウマが吹き飛べば普通に恋愛はできる。」
「へぇ、彼女がねぇ……。」
浅村さんはまるで値踏みするような、先のやり取りからは見られない妖艶な貌で私を見やる。
「あの……、何か……?」
浅村さんは顔を背ける。目線の先には窓があった。水をやったばかりなのか、水滴が植木から滴っている。
「悠君は難しい人よ。三年間もほっぽられて、それでもまだ好きなの?」
私は迷わず答えた。
「はい。この三年間、彼を忘れた時など一瞬たりともありません。」
三島さんは笑いながらため息をついた。まるで困ったものだといわんばかりに。
「難儀な子だな。こりゃハルカが惚れるわけだ。」
私には言っている意味が分からなかった。思い当たる節はほとんどない。
「どういう意味でしょうか……?」
「あなた、織とそっくり」




私は家に帰って訳も分からず泣いた。ひたすら泣き続けた。織と似ている。それがどういうことを意味するのか、彼らはわかっていないのだろうか?私だけの勘違いなんてことはない。悠くんは言った。お前と織は似ていない。だから俺のことを気にしなくてもいい、と。そう、似ていない、そういわれたことで自分の中の罪悪感を消していた。でももしあれが悠くんが私を傷つけないために、自分に言い聞かせるためについた嘘だったなら。彼は私と話すたびに傷ついて、気が滅入る思いだったのかもしれない。それを考えるだけで吐きそうだった。涙以外のものまでせりあがってきて、どうかなりそうだった。
 私は一晩中泣き続けて、ようやく考えていても仕方ない、その局地に至った。
「それでも私は」

悠くん、貴方が好きなんです。



携帯の着信が鳴る。メールだった。

『件名:大丈夫?

今日はお疲れ様っ。いや、もう四時だね……朝早くにごめん。織と似ている、って言われてから思いつめた顔してたけど、大丈夫?もしそれを気にしているんだったら筋違いってものだと思うんだ。前のトラウマがどうあれハルカも君のことが好きだったんだ。だからその、まあ君が気にする必要はないと思うよ……。ごめんね、人を慰めるの、俺下手だから、気が利いたこと言えないけど、うん、きっと大丈夫だから』

最近の人とは思えない文章だった。絵文字もほとんど入っていない。つくづく三島さんは不器用な人だった。そう思うと笑みがこぼれてきた。

『件名:気にしないでください
作品名:close your eyes-瞳を閉じて- 作家名:紅蓮