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Childlike wonder[Episode1]

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 ナターリヤが指さす所を見ると、確かに全ての階へと繋がっている直通エレベーターが存在している。正面から入る通常の会社部分とはドアで一応繋がってはいるが、明らかに隠す意図のある場所に設置されておりその存在を知っている者はそういないだろうと思えた。
「ありがとう、ナターリヤ。それでは、まずは地下へ向かってアッシュを助け出して、それから直通エレベーターで最上階へと向かおう」
「分かった!」
「よし、じゃあ行くぞ!」
「おーっ!」
 全員が元気に答えてから、五人は夜の闇に紛れてビルへと向かっていった。

「……っく……」
 ぴちょん、と水滴が落ちる音が耳に入ってきて、アッシュは呻きながらゆっくりと目を開き始めた。
 明かりは無く薄暗い部屋に、アッシュは居た。
「……?」
 だが、不自然だ。
 いま寝ているのは普通のベッドで、部屋も広さ四畳ほどの普通のワンルームのように見える。ベッドだけではなくテレビや机、さらには冷蔵庫まである。
 不自然なのは一点だけで、仕切りの無い洋式トイレが室内にあるということ。どうやら、留置所や牢屋のようなものだろうとアッシュは思った。
 ただ、妙な事に入り口のドアは鏡張りだった。おそらくマジックミラーなのだろうが、アッシュはそんな事など知るはずもない。ドアノブも存在せず、こちらからは開けられない仕組みになっているのだろう。
 ドアの横には、高さ一メートルほどのところに三十センチ四方のくぼみがある。奥には板が張ってあったが押すとわずかに動いたので、どうやら食事や物の受け渡しはこの小窓から行うのだろう。
「どういうことだろ……」
 見ると、胸には包帯が巻かれ、しっかりと手当が行われていた。僅かに痛みは残るが、普通に動く分には何の問題も無い。
 入り口近くのスイッチを入れると蛍光灯が光り、室内を明るく照らし出す。
「目を覚ましたか?」
 それに気づいたのか、小窓が空いて聞き覚えのある声が聞こえる。ヴィクトワールだ。ちょうどアッシュの視線と小窓の高さが同じなので、向こうから覗きこむヴィクトワールの顔が見えた。今は仮面をつけておらず、切れ長の鋭い瞳ときりりとシャープな細い眉毛が見えていた。
「おい! 俺を閉じ込めてどうするつもりなんだ!」
「まあ、落ち着け。殺すわけではない」
 噛みつくアッシュに、ヴィクトワールは至って冷静に答える。その口調はあまりに淡々としており、感情が見えなかった。
「むしろ、逃がそうと思っている」
「……はぁ?」
 予想外の言葉に、アッシュは目を白黒させた。その意味を理解するのに、たっぷり五秒はかかってしまう。
「だから、お前を逃がそうと思う」
 言うが早いか、ウィーンという機械音の後、かちりと音がして、ドアがこちら側へと開く。
「……?」
 疑いながら、アッシュはゆっくりと部屋から出てゆく。
「なんで……俺を?」
 不思議そうな顔で見上げながら、アッシュが呟くように言う。
「理由が必要か?」
「当たり前だ! なんで俺を逃がすんだよ? 俺はアダムの敵になるかもしれないんだぞ!」
「アダム様には敵が多い。今更一人増えた所で何の問題も無い、我が剣の錆となるだけだ」
 あっさりと答えられてしまうのに、アッシュはまた呆気にとらてしまう。
「だから、さっさと行け」
 言って、ヴィクトワールは傍らにあった配膳ワゴンから一本のフォークを手に取る。それを握って振り上げると、ためらいなく自分の腕に突き立てた。
「! 何を!?」
「貴様に食事を渡そうとしたら、不意をつかれて刺された。その隙にカードキーを奪われ、逃げられた――ということだ」
 言いながらも、ヴィクトワールは表情ひとつ代えずぐりぐりと傷口を広げてゆく。透き通るような白い肌に赤い血がしたたり、地面へとこぼれていった。その光景は、不謹慎ながらとても美しい調和を見せ、そこだけが異世界なのかと思えるほどだった。
「さあ、これぐらいでいいだろう。ここを右へまっすぐ向かえば、階段がある。そこから地上に出ることができる」
 言いながら、ヴィクトワールはフォークを引き抜いて放り捨て、配膳車からトレイに乗せた食事を手に持った。それからためらいなく、小窓の下に向けて放り投げる。地面にぶつかって椀が跳ね、中身が無残にぶちまけられた。
「あ〜……もったいない……」
「問題ない。後でスタッフが美味しく頂く」
「スタッフ?」
「そうだ、この独房を任せている者たちだ。……さあ、行け。この音を聞いてスタッフが気づくだろう」
 言うが早いか、遠くからばたばたと走り寄る足音が響き始めた。
「……分かった。いつかこの借りは返す!」
「返して欲しいとは思っておらんよ」
 走りながら言うアッシュに、ヴィクトワールは静かに答えた。その後ろ姿が見えなくなるまで見守ってから、ヴィクトワールはふと視線を落とす。
「……理由か。強いて言うならば」
 ヴィクトワールはゆっくりと瞳を閉じて、続けた。
「昔を思い出した、という所か……」
 独りごちるヴィクトワールは、僅かに笑っていた。
 普段は絶対に見せない、優しい笑顔をたたえていた……。
作品名:Childlike wonder[Episode1] 作家名:勇魚