Childlike wonder[Episode1]
Episode1 Childlike wonder、参上!(5)
「ここだね?」
レス・レスが右手を伸ばして、ビルの外壁に掌をつける。その手が僅かに明るく光ったと思うと、壁に大きな穴が開いてゆく。その先に非常階段が見えた。
五人は迷わずそこに飛び込んでゆく。一番最後に飛び込んだレス・レスが穴の空いた壁に手を触れると、壁はすぐに元通りに戻った。
レス・レスたちは今、裏路地の壁からアダム・コーポレーションのビルへと潜入していた。もちろん設計図には載っていない、ビルの裏側から進むつもりである。皆マスクをかぶり、正体がばれないように慎重に行動していた。
「よし、このまま地下へ――」
レス・レスが言いながら振り向いた瞬間。
人影が上ってくるのが見えた。
まずい、と思ったその時――。
「え? あんたらは……!」
そう、そこにあったのはアッシュの姿だったのだ。
「アッシュ? どうやって脱出してきたのヨ! これから助けに行く所だったのに!」
「いや……それが俺も不思議なんだけど。ヴィクトワールっていう、rue-rue girls!のボスみたいなのが助けてくれたんだ」
その言葉にレス・レスたちは顔を見合わせ、不思議そうに首を傾げた。
「俺も理由はさっぱり分からないんだけど……」
「……まあ、手間がひとつ省けたってことで、いいんじゃねぇか?」
頭の後ろで腕を組んだバーニィが、ぶっきらぼうに答える。
「まあ、そやね。これで、すぐにアダムの所に行けるやん」
「そうだね。詳しいことはまた後で聞くとして、今はアダムの所へ向かおう」
QJが言うのにレス・レスが答え、それに全員が頷いた。
「今からあいつを倒しに行くんだね? だったら俺も――」
「アッシュ君」
アッシュの言葉を遮って、レス・レスが口を開く。いつもの優しい口調だったが、その言葉には強い意思を感じさせていた。
「僕らを手伝ってくれないか?」
その言葉はとても予想外だったらしい、アッシュはぽかんと口を開けたまま、拳を胸の前で握ったまま、固まってしまった。
「君が戦っている所を、テレビで見ていたんだ。君がとても頑張っていたので……って話聞いてる?」
その声にアッシュははっと我に返り、ぶんぶんと頭を左右に振る。それからゆっくりと息を吐いた。
「ええと……これ何のドッキリ?」
「そんなにキョロキョロ見回しても隠しカメラは無いよ、アッシュ君。……とにかく、君の信念には驚いた、敬意を払うよ。僕たちとともに戦って欲しい」
言いながら微笑んで、レス・レスが手を差し伸べる。その手を、アッシュは力強く握り返した。
「さて、ここから先は危険だ。だから、アダムの所に行く前に……君の力を引き出してあげる」
その言葉の意味が、アッシュには分からなかった。
「僕の力は、無機物か子供に対して、その構造を自由に変える事ができる。それで大脳皮質の神経細胞を少し刺激しアルファ波とシータ波を多く出させて、顕在意識と潜在意識の間にある抗暗示障壁を取り除く。未だに解明されていない要素が多いんだけど、超能力を使える者が能力を使っている時と同じ状態らしいんだ。――まあ要するに、脳の不思議な力を引き出せる状態にしてあげるんだよ」
レス・レスの説明はあまり理解はできなかったが、アッシュはとりあえず大きく頷いてみせる。
「どんな力になるの?」
「それは分からない、その人の感情や感性によっても多種多様だから。ちなみにナターリヤは物質の質量を自在に操り――」
その言葉にアッシュは納得する。壁に押しつぶされた時に助けてくれたのは、その力のお陰なのだと。
「マイケルは怪力で、バーニィは瞬間的に爆発的な俊発力を発揮。QJは自分の体を自由に黒ヒョウに変化させられる」
「うちは足だけ変化させれば、バーニィの動きについていけるねん」
それを聞いたQJが、補足で付け加えた。それにアッシュはなるほど、と納得する。あの時二人の姿が見えなかったのはそういうことだと。
「アッシュ君、君はどうありたい?」
「どうって……」
レス・レスがアッシュの頭にそっと手を置いて、優しく言う。その質問に、アッシュは回答に困ってしまった。
「"目覚めよ……聖なる導き"」
レス・レスの声に呼応して、その右手が白く光始める。
「……!」
はっと気づくと、アッシュは赤い空間にいた。上下も左右も分からない、ただ赤い空間が広がっていたのだ。
「俺を起こしたのはお前か……?」
突然の声に驚き、アッシュははっと顔を上げる。高さ五メートルほどの大きな炎の柱。それが声の主だった。再上部には口のように黒くへこんだ箇所があり、それが声を発しているようだった。
「……なんだ……?」
その光景に、アッシュはぽかんと見上げて思ったままを口にする。
「まあ、難しく考えずにざっくばらんにいこう。お前が力を求める理由はなんだ?」
「理由……?」
……俺はどうありたい?
今日、俺は死にかけた。
爆弾魔にせよ、ヴィクトワールにせよ、全てはアダムに行き着く。
これからも、アダムがいる限り、そういう奴らのせいで困る人がいるかもしれない。
そういう人たちを、守りたい。
守れる力が欲しい――!
「――"守れる力"が欲しい!」
アッシュは躊躇うことなく、言葉を力一杯投げつけてやる。炎の柱は一瞬あっけにとられたようだったが、すぐに口を開いた。
「OK、充分だ。――力を貸そう!」
「!」
慌ててレス・レスが飛びのいた。
「な……んだ……これ……!」
アッシュは、はっと我に返ると、自分の体がまるで燃えるような暑さに包まれている事に気づく。わずかに皮膚は赤くなり、灰色の髪もわずかに赤く染まっている。
(さっきのあの炎の柱が――?)
「あつっ……おめでとう、アッシュ君。それが君の"力"だ」
「これが……俺……!」
アッシュは何気なく、通路に置いてあった金属製のゴミ箱の縁を掴んでみる。
「"俺は全てを守る……ash lead"!」
誰から教えられたわけでもないのに、アッシュは自然と言葉を口にする。
次の瞬間、掌がばっと赤く光ったかと思うと、一瞬炎に包まれた。それからゴミ箱は焼けるように真っ赤になる。そのまますぐに灰となり、さらさらと崩れた。
「あらま、なんかスゴイ能力ネ……」
「ash lead……"灰の導き"か、素晴らしい能力だ。その力で僕たちを守って欲しい、頼むよ」
言ってレス・レスはアッシュの頭にぽんと手を置いた。それが照れ臭かったのか、アッシュは複雑そうな微笑みを見せた。
「何? ガキが逃げた?」
ビルの最上階で、アダムが振り向いた。
目の前の窓には、美しい夜景が広がっている。アダムはカシミヤの高級なバスローブに身を包み、ワイングラスを傾けながらをそれを眺めていた。
部屋は三十畳はある大きな部屋で、六十インチ以上の液晶テレビ、豪華なシャンデリア、壁にかけられた鹿の首の剥製など、分かりやすい成金趣味に彩られていた。
「申し訳ございません。我が食事を運んだ際に不意をつかれ、カードキーを奪われてしまいました」
目の前で片膝をついたヴィクトワールの手には、血が滲んだ包帯が痛々しく巻かれていた。白いドレスにも多少血が飛び散り、小さな赤い斑点が浮かんでいる。
作品名:Childlike wonder[Episode1] 作家名:勇魚