Childlike wonder[Episode1]
降り立って最初に口を開いたのは大人だった。ドレスシャツの上に黒のベストを着込み、スラックスも黒色。特徴的なのがその顔で、白い仮面をつけていた。顔をすっぽり覆うその仮面は、流線系の模様が描かれている。髪は濃い黒で、それを耳が少し見える程度の長さで綺麗に整えている。風にさらさらと揺れるあたり、柔らかく繊細な髪質なのだろう。髪を含めて全身黒で統一しているのが、よりミステリアスな雰囲気を醸し出していた。
もう一人は子供で、身長はアッシュよりも小さいぐらい。不思議なのはその顔で、ジャック・オー・ランタンのかぼちゃのマスクをすっぽりとかぶっていた。全身は大きなマントですっぽり包んでおり、その下にラインの入ったシャツを着て、ベルトを何本も巻きつけたパンツを履いていた。
「お待たせ!」
遠くから声が聞こえたと思った瞬間、アッシュの目の前でざっと砂利を踏みしめる音が聞こえて、少女と少年が姿を表す。
一体どこから来たのだろうと、アッシュは不思議に思う。走ってくる姿も、気配も、まったく感じられなかったからだ。
「これはひどいもんやわ、同時に三ヶ所、それも出入り口ばかりを狙って爆破しとる……」
言いながら立ち上がるのは、身長は高いがシャープな少女だった。頭にはブロッコリーを模したマスクをかぶっており、キャミソールにタイツを履いた体は明らかに女性のものだった。覗く肌はわずかに黒く、黒人系の血を引いていることが分かる。健康的に日焼けしており、ハツラツとした生命力を感じさせた。
「ったく、ふざけやがって……」
最後はジャガイモを模したマスクを被った少年だった。東洋の着物のように、前で合わせる上着を羽織っており、指先がカットされた手袋をはめている。下はゆったりとしたスラックスを履いて、足には下駄を履いていた。
「ねえ、レス・レス。アッシュ君、怪我してるの」
「そうか、どれ……」
レス・レスと呼ばれた成人男性は、ナターリヤに支えられたアッシュに屈みこみ、その胸にそっと右手を触れる。
「いつっ……!」
「大丈夫」
彼は静かに微笑んで、そう言った。仮面から覗く瞳が、アッシュを優しく見上げている。
その手がわずかに淡い光を放った瞬間。
「……!?」
アッシュは声にならない驚きを、目を見開いて表現する。
そう、痛みが。どんどん消えていったのだ。
「……君が若くて良かった」
「……?」
「僕の"聖なる導き"は無機物か子供にしか効果が無いんだ……さて」
アッシュが完全に痛みの消えた胸を不思議そうにこすったり叩いたりしているのを気にせず、レス・レスは立ち上がる。
「ナターリヤ、今回の事件もやはり、奴の仕業のようだね。爆弾魔を使って街のいろんな場所を次々に爆破している……」
「ウン。"アダム"だネ」
「ちょっと待ってくれ」
アッシュは思わず、二人の会話に割って入る。
「一体何が起こってるの? あんたら誰? その不思議な力は何?」
アッシュは思いつく言葉をそのまま垂れ流す。思考をまとめて言葉にすることさえできないほどに驚いていた。
「まあ、それが普通のリアクションやよねぇ、バーニィ?」
「だな、QJ」
ブロッコリー頭の少女がけらけら笑いながら言うのに、じゃがいも頭が腕を組んで頷く。どうやらブロッコリー頭がQJ、じゃがいも頭はバーニィという名前らしかった。
「詳しく説明したいのだけれど、生憎あまり時間が無い。他にも君みたいに怪我している人はたくさんいるし、爆弾魔を追いかけなければいけない」
レス・レスが神妙な顔で言うのを、アッシュはただ静かに聞いていた。どこか呆けた顔で、目線はレス・レスに向けられていたが遠くを見ているように見える。
「我々は、"Childlike wonder"。アダムを追いかけ、倒すために存在している」
「チャイルドライク……ワンダー……?」
アッシュは、ボキャブラリ外の単語を呆けた表情で復唱した。
「"無邪気な驚き"って意味さ。まだ活動を始めてから間もないけど、アダムをこの街から追い出したいんだ」
ナターリヤが頷くのに、レス・レスの隣にいるかぼちゃのマスクが腕をぶんぶん振り回して怒りを表現する。
「マイケルも怒ってるのネ……早く止めないと」
マイケルに向かって微笑みながら、ナターリヤがまっすぐな瞳でレス・レスを見上げる。それに答えて、彼は力強く頷いた。
「じゃあアッシュ君、ここもまだ爆発物があるかもしれない。危険だから、どこか安全な所へお逃げ」
「……俺も、行きたい」
アッシュはまっすぐな瞳で、レス・レスの顔を見上げながら答える。何故、そんな事を言い出したのかは、彼本人もよく分からなかった。ただ、思うままにそう言った。
「……アッシュ君、その気持ちはとても嬉しいよ、本当にありがとう。……だが、連れて行くわけにはいかない」
「――!」
「まず、僕たちが追いかけている相手は、とても危険だ。死ぬかもしれない。とてもそんな所に連れていけないよ。それに――」
微笑みながら言うレス・レスだったが、言い終わったとたんにその表情が真顔になる。まるで「遊びは終わりだ」とでも言わんばかりに。
「――相手は人を殺す事をなんとも思わないような相手なんだ。君の人生において、そこまでの危険を自ら冒すメリットは何もないだろう?」
「だ、大丈夫だよ。俺は剣が使えるから。それに……」
少し驚きながらも、アッシュは続ける。まるで答えを手探りで探すように。
「ママが言ってた。『困っている人を助けなさい』って」
アッシュがうつむきながら言うのを、五人はただ静かに聞いていた。少年の心からの声は強固な意志を感じさせ、それは誰から見ても疑う事の無い強さを感じてさせていたからだ。
「だから頼む! 俺を連れてってくれ!」
「……」
レス・レスは無言のまま、首を左右に振りながら苦笑する。その光景をナターリヤとマイケルが心配そうに見つめていた。
「……君の意思が強いのはよく分かったよ。けれども、これから向かう所は本当に危険なんだ、だから連れてゆけない。早くママの元に戻った方がいい」
分かっていたはずの答えに、アッシュは眉根を寄せて悲しそうな表情を見せる。それからゆっくりとうなだれて、うつむいた。
「――ママは、三年前に、死んだ」
「……そうだったんだ、ごめん。そういうつもりはなかったんだ」
呟くアッシュに、レス・レスはうなだれながら、慌てて謝った。頭を下げると、その柔らかい黒髪がなめらかに揺れる。
「レス・レス……」
ナターリヤは二人を交互に見てから、レス・レスの上着の裾を掴んで弱々しく声をかける。彼を制するようでありながら、同時に彼の心を抱くような優しさが含まれていた。
「……ごめんね。でも、君の気持ちは本当に嬉しかったよ。だからまた、どこかで会えるといいね」
無理に笑ってみせて、レス・レスは右手をそっとアッシュの頭に乗せる。だがアッシュはそれに反応することなく、うつむいたままだった。
「……」
遠くで、救急車のサイレンが響き始める。あまりにも大量のそれは、平和な街の午後を切り裂きながらこちらに集まってきているようだった。
「……これでここはもう大丈夫かな、犯人を追わなきゃ。さあ、行こう」
作品名:Childlike wonder[Episode1] 作家名:勇魚