雨色に嫉妬。
着ている服を何もかも脱いでシャワーでも浴びようと、思いつつ家に帰れば母がバラエティー番組を音量高々と見ていたので、放置して風呂場へと向かった。
雨に濡れたカーディガンはハンガーにかけ、他は脱衣カゴにぶち込んだ。
コックを捻ると、お湯が身体を叩いた。雨に濡れて冷たかった身体が段々と温まってくる。血の巡りがよくなったのか、ぼうっとしていた頭が平常に戻ってきて、どうしてアドレスを教えたのだろうと不思議に思う。
話はしたものの所詮は赤の他人、しかも初めてあった年上の男性だ。
あの時は頭が鈍ってたのかもしれない、と思いながら、頭をタオルで覆ってリビングに顔を出せば、母がやっと気付いたように声をかけてきた。
「お帰り」
「あぁ、ただいま」
煮え切らない考えを煮詰めようと、脳をフル稼働させるものの、無駄なようだ。
しかし、やっぱり長谷堂という名前に覚えがあったので先輩に電話をする事にした。
「もしもし」
『どしたんだ木幡? というか俺じゃなくてルイベとかましな選択はあるだろ……』
風紀委員の一匹狼と揶揄される蒼井先輩は、面倒だと苦情を漏らしていた。どうやら一年に友人らしい友人はルイベしかいないらしく、いっつも文句を言う時は酒口の名前がでるものだ、と呆れた。
仕方ないか、一匹狼だし。
「てか、先輩ルイベの事好き過ぎやしませんか。……ところで長谷堂さん、って知らないですか?」
『んな訳あるか。……長谷堂なら、学校の数学教師だがどうかしたか?』
「…………は?」
なんだそれ。長谷堂と聞いた事があった気がしたのだが、本当にみく高の教師だと思うと頭がショートしてしまいそうだ。
『で、なんでその話になるんだ?』
「えと、長谷堂さんって幸薄そうな顔してません?」
『その発言だと微妙だが、若干ミステリアスではあるような。というか長谷堂ってお前が 入学する前から学校を諸事情で休んでるのによく知ってるな?』
「そうですか、ありがとうございます。綾部先輩とお幸せに」
なんだか言い返す声がしたような気もするが、お構いなく電源を切って(明日苦情を言われるかもしれない)携帯のメモ帳に入れた時間割を見て、明日の月曜に数学がある事を確認した。メモに担当の名前は記入していないのだが、今の教師が時折ここの担当じゃない、とぼやいていたし長谷堂先生が担当になるかもしれない。
そう思うと、いてもたってもいられなくて携帯に手を伸ばしていた。
ぱた、と開けば『新着メールあり』と表記されていて、送り主はルイベに長谷堂さんの二通だった。
まずルイベのを開けば、無碍に扱う親から引き剥がす為に年下の少年を自分の弟に仕立て上げる準備が出来たと言う事だった。しかも本名をカラスに変えられそうとも。鴉なんて虐められそうな名前だけども、慣れ親しんだ渾名の方がいいのだろうか、と考えるものの貧相な僕の頭じゃ理解は難しい内容である。
もう片方は謝罪から始まって、自分は深倉高校の数学教師だ、と書いてあった。言い当てた蒼井先輩に感動しつつ、白々しい気がしてならないが、自分の学校だという驚きと、自分が所属しているクラスについて返信した。
「おんなじクラスだといいですね、先生」
そんな独り言を呟きながら、ベッドへと雪崩込むように横になると眠気が襲ってくる。返信は気になるけど、眠くてたまらなくて意識が落ちていくのを他人事のように感じた。
微睡みの中で、未だざぁざぁと雨の音がする。