キズハ
「ここまででいい」
不意に、キズハが言った
スーパーの明かりが
気がつけば、目の前にともってる
「まだ一時間たってないぜ」
からかうように言うと
「キスして」
思いのほか、真剣な声で
言われた
ここでキスして。
唇を放すと
戸惑ったように
僕を見て
地面を見て
僕を見て
震える声で、つぶやくように
「ありがとう」と笑った。
唇だけ笑って
顔が
いっつも顔が笑っていない。
そんな妙な泣き顔つくって
「ありがとう」って言った。
ずっと、誰かに
許されたかった
ずっと、誰かに
僕は僕でいいよって
言われたかった
ずっと、誰かに
一緒にいるよって
言われたかった
もう一生
幸せになれないんだって
どっかで気づいて
それで、ラーメン
ラーメンさ、食ってる時
気づいて
…キスしたかった
俺、言ってること
めちゃくちゃだな
ごめんな
…いいんだ
誰にも、なんにも
なれなくても
愛されなくても
いいんだ
俺、ありがとう
嬉しい
俺、俺でも
キスできるんだな
…ありがとう
……いいやもう
これで
少しは
もういいや
はは
…ありがとう
…ごめん
ごめんな、もう行くな
明日な、また明日
明日、学校で
学校でな。
とうとうと続く孤独の声で
とうとうとしゃべって最後に
「ごめんね」って言った。
その時ほんとうに頭にきて
もう本当に頭にきて
全部なにもかも頭にきて
手のひらをぎゅうっと握って
そのまま、
キズハのほほをひっぱたいた。
キズハの顔が勢いよくはじけて
ほほがみるみる赤く染まった
そこから何かが崩れ落ちたかのように
なにが言いたかったのか
やっと分かった
「おまえはおまえでいいんだよ!!」
キズハが僕を見上げる
ほうけた顔で
夜、静まり返った道に
僕の声が響く
「おまえがいいんだよ!!
俺は、おまえがいいんだよ
なんで、おまえ」
急に涙があふれた、
泣く気もないから悔しかった
飲み込もうとしたら嗚咽になって
息が出来なくなった
「ごめん…」
あわてたようにキズハが言う。
そのあとをどうしていいのか分からず
手をあげたり下げたりしていて
わかってないなぁ、と思った
僕は
「もうお父さんなんかほうっておけ置け」
びくっとキズハが肩を揺らした
「お前が嫌いな奴なんかほっておけ
不幸に浸ってるお前が嫌いだ
それでも嫌われる奴にしがみついて
希望を持ち続けるお前が
僕は大嫌いだ」
気がついたらキズハは泣きながら
僕を見ていた
ぐずぐず嗚咽をあげて
馬鹿みたいに見っともなかった
僕はもう泣かずに
キズハをにらみつけていた
キズハのずっと笑っていた眉が
やっと下がって
やっと彼は泣きながら
子供のように泣きながら
しゃっくりをあげた。
僕は、馬鹿だろって言いながら
キズハを抱きしめたんだ
これで終り
本当の終り
おしまい
最後に付け加えるなら
二人で食べた塩ラーメンは
やっぱり
しょっぱかったよ