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破顔のワロス

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(1)

 彼女と知り合ったのは、ゲームとエンターテイメントを趣味とする人々が集まるSNS『toxy(トクシー)』だった。
 僕は小説をそこで掲載していて、始め、彼女はその読者だった。
 メッセージで小説の感想をもらって、そうしてやり取りを繰り返すうちに意気投合して、孤独だった二人の距離は塩酸化カリウムと赤燐を摺り合わせるが如くスピードで燃え上がった。
 しかしそれは、マッチ売りの少女が孤独に耐え切れずに幻視した瞬間の夢でしかなかったのかも知れない。
 2年前に出会った二人の恋物語は、半年前に完結した。続編は期待できない、たった1本の長編恋愛小説だ。名もないその本にマッチで火をつけて、何度も燃やしてしまおうと思ったけれど、幾度引火させても鎮火しないでくすぶり続けるのは、彼女への想いだった。
 後は時間が解決するしかない。自然消化を待つのみだ。それを解決と言わないのも知っていたけど、僕にはもうその事態をどうする事もできなかったのである。
 先月、30になった。
 出会った頃、きっとこのまま彼女と結婚するのだろうな、とぼんやりと考えるような年齢だ。一人で迎えた誕生日に洒落で用意したケーキの上、乱暴に刺さった蝋燭には、火を灯さなかった。
「ごめんね」
 彼女は最後、僕にそう謝罪した。それが最後の言葉だった。面と向かって言われたのではない。メールが1件、残っていただけだ。その意味は痛いほどに理解していた。僕はいい年して定職にも就かず、文章で食べていく道を模索し続けていた。当初彼女は、そんな僕を応援してくれていたが、ここにきて愛想をつかされたというのが別れの真相だ。
 彼女と出会い、僕は小説を書かなくなっていたのだ。
 自分の内なる衝動が、書く理由となっていた。それが彼女との出会いで、殺(そ)がれた。何かの為に書いていた筈なのに、充実した日々がその書く意味を一切、消し去ってしまった。
 今の僕は、まったくの文士くずれに成り下がっていた。
作品名:破顔のワロス 作家名:高橋京希