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そこにあいつはいた。

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「悪意で引き起こしている訳じゃないんだけど、結果的にあの妖怪は草薙さんを、多分マイナスの方向に導こうとしている。あの妖怪自身、導こうとしている方向がマイナスだと思っていないのかもしれないけど、結果的には歴然としてマイナス。……危険だね。迷いがない分、もの凄く危険」
 切り分けたハンバーグを口に運びながら、あな恐ろしやとでも言いたげに首を振る。
「だから、急ごう。僕、知り合いに訳を話して、できるだけ早く段取りつけるよ。草薙さんにはその間、これを貸してあげるから」
 そう言うと飯田は徐に左腕にはめていた水晶の腕輪を外して、俺に差しだしてきた。
「え? 飯田、これって……」
「これつけてれば、取り敢えずエネルギーの流出はある程度防げるから」
「で、でも、これ取ったらお前、……」
「僕は大丈夫。憑いてくるものは増えちゃうけど、さしあたり死ぬようなことだけはないから」
 こけた頬を引き上げて、飯田はどこか悲しげに笑った。
「草薙さんはこのままだと、本当にまずいよ。僕は大丈夫だから気にしないで持ってって」
 それでも逡巡している俺の腕に、飯田は無理矢理腕輪をはめた。手首に触れた飯田の指が人間とは思えないほど冷たくて、俺は思わず手を引っ込めそうになりながら、言おうとした言葉を飲み込んだ。

☆☆☆

「危険、……か」
 人気のない夕暮れの住宅街を歩きながら、腕にはめられた水晶玉の連なりに目を向けて、ため息とともに呟いてみる。
 頭痛は酷い。食欲もない。目眩もする。そして、あの時見た自分の影は、確かに異常なほど薄かった。
 しかも、あのホラーマン飯田がこんなに自分のことを心配し、本人曰く十万円したという腕輪まで貸してくれたのだ。俺と同期で、机が隣同士だから話す機会がなかった訳じゃないけれど、あの通り見た目も不気味だし、話題もいまいち合わなくて、今までは何となく避けていたような部分があったから、特に親しくしていた訳でもなかったのに。
 歩きながら、足下に目を向ける。交互に繰り出される足先に、影らしきものは見あたらない。今日は生憎薄曇りなので、道行く誰の足下にも影は見あたらないのだ。
 肩を落とし、腹の底に溜まっていた二酸化炭素を絞り出す。
『悪意で引き起こしている訳じゃないんだけど、結果的にあの妖怪は草薙さんを、多分マイナスの方向に導こうとしている』
 その言葉が具体的にどういう状況を指すのか、俺にはよく分からなかった。ただ、今のままエネルギーを取られ続けていれば、生命の危険があるようなことを確か飯田は言っていた。
 向こうから、派手な色合いのタクシーが近づいてくる。
 電柱脇に身を寄せてそれをやり過ごした時、煤けたサイディングの壁が家々の隙間から垣間見えた。
 何だか息苦しいような気がしてきて、俺は湿った路地の空気とともに、タクシーの排気ガス特有の臭いを胸一杯に吸い込んだ。