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かえるの写真

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「高屋さん」

 耳に快い女の声で呼び止められて私は足を止めた。振り向けばここ半年ですっかり馴染んだ顔があった。その向こうには別の同僚の姿もあったから、多分、仕事中だったのだろう。
 こちらも相手の名を呼ぼうと空気を吸い込んだ喉に、急にちりりとした痛みが走った。風邪かもしれないなとぼんやり考えて、私は薄く開きかけた口を閉ざす。
 無愛想に会釈する他には、はい、とも、こんにちは、とも返さない私に対しても、声をかけてきた彼女は頬を緩めて――彼女の周りの、私以外の人々にもするように屈託なく笑った。
 それから私は彼女と仕事上の連絡事項の受け渡しと、ごく短い世間話のようなやりとりをした。もう暫く話していたかったのだが、彼女の連れが「名城さん、そろそろ行きましょ」と言うのであっさり会話は途切れた。会話を中断させることに、ほんの少し申し訳なさそうに眉を下げた彼女に、私は務めて事務的な声色で「では、失礼します」と言って背を向けた。
 彼女はいつだって、自分から先に他に背を向ける事をしない。だから私が背を向けなければ、いつまでもここに彼女を引き止めてしまう。

 ――あるいは許される事ならば、私自身はそれでも良かったのだが。

 一礼して背を向けた後、ちりちり痛む喉に手を当てると少しだけ痛みが増した気がした。

作品名:かえるの写真 作家名:穴倉兎