刃
肉が弾け、鬼は地面を転がり、民家の壁にめり込んだ。
――殺せ!
翼の民の血が、闘争本能を後押しする。
両手を頭の上に掲げ、無数のクナイを作り出す。そして、力強く振り下ろされる両手と共に放たれた刃の嵐は、鬼の身体を針の山のように埋め尽くし、無数の閃光が鬼の身体を包んだ。
肉の爆ぜる音、血の臭い、鬼の叫び声。マキリは、それを全身で受け止める。
閃光が晴れる。
だが、鬼は生きていた。例え、全身の肉を吹き飛ばされ、まるで海綿のように穴だらけになっても。その腹から、腸と内容物をあらわにしていても。鬼の身体は、それでも生きようとする。
「首を落として!」
無線から、マキリに指示が出る。彼女は、頭で考えるより早く動いた。
右手の指先に、ブレードを形成。振り上げ、鬼に迫る。
そして、一閃。もはや形を残さない鬼の両腕が、首の替わりに落ちる。
「ぎぃぃぃぃ!」
鬼が叫ぶ。その瞬間、鬼の裂けた腹から腸が飛び出し、マキリを捕らえて締め上げ、無造作に放り投げた。
マキリの身体が、民家の壁にたたき付けられる。
鬼は、毛羽立った筋肉繊維と触手のような腸を拡げ、地面を這う。
マキリは叫んだが、それが恐怖からの物でない事は確かだった。
クナイを放つ。だがそれは、鬼の身体から立ち上る霧に阻まれた。その霧は、意思を持つように形を変え、やがて刃となる。
マキリの表情が凍り付く。それは紛れも無く、自分と同じ刃……。
次の瞬間、霧の全ての輪郭が刃となって、マキリに襲い掛かった。
両手にブレードを造り、応戦する。
刃の数は多いが、動きは散漫で、狙いが甘い。
だが、マキリは殺せなかった。この鬼を、自分はどうしても。
「どうしたの、マキリ」
「……殺せない!!」
「なぜ?」
「ボクが戦っている鬼は、“翼の民”だ!」
「そうよ」
「なんで!」
「キャタライザー以外にも、優れた遺伝子構造を持つあなたたち翼の民。連れ去られた子供達は、恰好の実験材料だった。ただ、それだけ」
無言。
「どうするの? 死ぬか、殺すか」
「……同胞を殺す位ならボクは!」
「もう一度、よく見なさい」
鬼に目を移す。鬼は、マキリに刃を振り続けた。ズタズタの身体を、必死に再生させながら。
――生きたいよね…。
苦痛に声を上げながら。
――痛いよね…。
刃を振るい、マキリを威嚇する。彼女は、狙いが散漫な理由を悟った。
集落の人間の殆どを喰らい、ジェネシック軍の強化人間兵精鋭八人を一人で殲滅したほどの“鬼”。
その鬼が望んでいるのは…。
――殺そう。
マキリは歯を食いしばる。全身のボディーアーマーをパージし、タイトなボディースーツ一枚になる。身を軽く。出来る限り速く。自分の為でなく、同胞に要らぬ苦痛を与えぬように。
マキリの全身が光るベールに包まれ、その身体は風のように宙を自在に舞う。
ああ、翼の民が征く。幾百の同胞達の血を背負って。
指先に全力を注ぎ、ブレードを出来るかぎり薄く、出来るかぎり長く、できる限り鋭く。
刃の嵐を抜ける。ブレードが、鬼の首に掛かる。
一瞬だった。
鬼の顔が、安らかに微笑んだ。
4.
――いつになったら戻れるのかな…
「応答して、マキリ」
――ううん……。きっと、もう戻れないんだ……、きっと……
「マキリ!」
無線に応える。
「聞こえてる」
「鬼は?」
「………」
「そう、よくやったわ。帰還して」
「まだ、終わってない」
「マキリ?」
「同胞を、故郷に帰す」
マキリはそう言ってから無線機を耳から外し、握り潰した。
彼女は鬼の首を抱いたまま小さく唄う。故郷の唄。
――風と共に踊り、木々と共に安らぎ、翼を広げて生きよう。天と大地の狭間を護り、露を浴び、日から日へ、夜から夜へ、幾重の時を刻みつつ……
薪に火を点す。同胞の遺骸を、天に帰す為に。
「ボクが行くのはいつかな……」
彼女は、白い灰の上に深い足跡を残しながら、静かに去っていった。
fin