VARIANTAS ACT2 ThePerson
Captur 2
彼はクローゼットの中からTシャツやズボンを纏めて引っ張り出して、しわくちゃの洋服同士が折り重なる段ボール箱の中へ適当に放り込むと、ぐいぐいと上から体重をかけて箱の中へ詰め込み、ガムテープで封をした。
内部から不自然に膨らむ段ボール箱。
既にそれと同じ箱が三つ。
今のを入れて四つの箱が、部屋の隅に積まれている。
“段ボール箱四つ”。
彼の個人的な荷物はこれで全てだ。
あっという間に空になるクローゼット。
彼は、中に残した物が無いかを確認すると、ベッドの上に腰掛け、大きな溜息をついた。
「午後から訓練か……」
肩を落とし、微動だにしないレイズ。
彼がそうしていると、部屋のチャイムが鳴った。
「レイズ軍曹」
「サラ……?」
「遅刻しますよ?」
扉の前に立ち、彼が出てくるのを待つサラ。
もう一度、大きく溜息をつくレイズ。
「……今行くよ」
彼はベッドからゆっくり立ち上がり、壁に掛けてあったジャケットを着て部屋を出た。
************
円い部屋の中で余韻を残しながら反響する声。
全ての方向から放射されるその声を、彼は聞き流す。
耳で聴いてはいるが、聞こえていない。
ぼんやりと何も無い空間を眺めるグラム。
彼の目の前に置かれた分厚い資料の上に、ミネラルウォーターのペットボトルが、微かな光を分散させて投影している。
「……以上が、今回の対ヴァリアンタス戦闘に於ける諸元であります」
長い報告の終わり、突然彼の意識が引き戻される。
「ご質問は?」
周囲を見回す将校。周りの士官と比べると、非常に若い。
「では次の点ですが…」
彼は上がっている手がない事を確認すると、小さく咳払いをしてから再び報告を始めた。
さらに続けられる会議。
その会議室の外で、彼女は待っていた。静かな様子で、そして待ち焦がれる様に。
彼女は待っている。彼を待っている。
彼女と彼が初めて出会ったのは、今から約3年前。
その時も調度今日の様に、彼女は待っていた。
彼女に名前は無い。
彼女は“人”ではない。
彼女の目の前に、彼は立った。
彼の知るかぎり、彼女は始めから、そこに居た。
彼女がどこから来たのかも、彼は知らない。
彼女は始めから、そこに居た。
彼女は彼に言った。
「貴方が私のユーザーですか?」
彼は答えた。
「そうだ」と。
会議室の扉が開いた。
疲れた表情の将校達に混じり、部屋から出るグラム。
彼女は彼の前に立ち、あの日の様に、彼の瞳を見つめた。
****************
目の前に広がる空間の中で、彼は機体を機動させた。
土地設定は“市街地”。敵数は“不明”
無線に通信。
「501から503は左から。505と506は、このまま正面へ。常に、スリーマンセルで行動しろ」
各機から返ってくる、了解の返事。
レイズの乗るHMAは、他の二機と共にスラスター飛行へ移った。
レーダーに表示される数個の光点。敵機、数、8。
「いたいた……! ソルジャータイプ、八機!」
先頭を機動する機体から通信。
「掃射するぞ。高度を上げてから、連射を加えて擦過する」
「502、諒解」
「……」
返事を返さないレイズ。
「おい、503。どうした? トラブルか?」
「あ、いえ……503、諒解」
うだつの上がらない返事を返す彼を尻目に、二機はスラスターで、さらに高度を上げながら加速した。
その後に従うレイズ機。
敵機ロック、ガン・ラン。
目標の斜め上空から迫る三機のHMAは、高空を擦過しながら、アサルトライフルのフルオート斉射を加えた。
巻き上がる砂煙。数個の爆炎が散り、三機は上空を通り過ぎていく。
「斉射完了。軌道旋回による空中支援に入る」
「了解。こちらは突入して殲滅戦に移る」
突入する地上部隊。
隊長機を含めた3機のHMAが、地上戦を展開し、残存兵力を掃討していく。
地上部隊の上空を軌道旋回する三機。
突然、レーダーに反応。
「フラッシュ。敵機感知」
「ターゲットチエック」
「ナイト。数、2」
「なに!?」
旋回を繰り返すレイズ達の更に上空から、二機のヴァリアント。中級指揮官型ヴァリアント、コードネーム“ナイト”。
それが二機、部隊に迫っている。
「迎撃するぞ! 503援護しろ!」
「り、諒解!」
先攻する二機のHMA。
レイズは空に向かってライフルを構えた。
モニターに上書きされるFCSの射撃視界。その中を踊るクロスゲージが、小刻みに揺れる。
トリガーに掛けられる彼の人差し指。
先行していった二機のHMAが、ナイトに向かってライフルを発砲。
回避するナイト。空を切り裂く弾丸。
二機のナイトは左右に別れ、その機体を大きく機動させた。
「今だ503! 撃て!」
レイズの耳元に響く声。
突然彼の脳裏に、あの記憶がフラッシュバックする。スタイナーの乗るHMAは、レイズの目の前で崩れ落ち、そして爆ぜた。
遺体は一瞬で蒸発したのだろう。欠片も残らなかった。
目を見開いたまま、動きを止めるレイズ。
震える指先。それと連動するかの様に、ライフルの銃口が左右にぶれる。
「503! 早くしろ!」
「レイズ軍曹!」
彼をサポートするサラが、彼に向かって声を上げた。
「503……!」
途切れる無線。
連帯のとれた動きで、二機のHMAを瞬時の内に葬る二機のナイト。
二つの火球が空に散った。
「レイズ軍曹!」
再びサラの声。さっきより強く。
我に返る。
次の瞬間、ナイトから一条のビームが放たれた。
「回避が……!」
“イクサミコ”
機体制御、手動制御から切断。
マニューバーシステムに一時強制介入。
機体制御、及び、マニューバーシステム、イクサミコ中枢システムと接続。
オートマニューバーモード、発動。
機動開始。
光の速度で思考する“イクサミコ”は、それを瞬きより早くやってのける。
迫るビーム。
瞬間、左肩のバーニアを噴射。射線から回避。
ナイトから放たれたビームが機体を擦過。ビームパルスで、左肩装甲が焼け、熔解。それと共に、すり鉢形のバーニアノズルが熱で歪み、爆ぜた。
歪む機体のフレーム。
機体過負荷、イクサミコへフィードバック。支援ユニット、システムダウン。
「サラ!」
体勢を崩す機体。
機体はそのまま、重力に捕われ、落下し始めた。
カウントダウンしていく高度計。
ナイトは、落下する彼の機体の横を、高速で追い抜いて行く。
次の瞬間、地表で幾つもの閃光が散った。
迫る地面。
落下の荷重が、コクピットの中を掻き回す。
「と……まれぇ……!」
凄まじいスピードで落下する、70tの鉄塊。
逆流する血液。
狭まる視界。
薄れゆく意識の中、彼は渾身の力を込めて、操縦桿を引いた。
一気に推力を開放するスラスター。
巨大な推進ベクトルが、機体を突き刺す。
更に歪むフレーム。
次の瞬間、機体は轟音を立てて、地面に激突した。
「(なんだ? これは……)」
身体の感覚が無い。
暑さ、寒さ、痛み。全ての感覚が無い。
作品名:VARIANTAS ACT2 ThePerson 作家名:機動電介