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紙という会話手段。

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「あー。ちょっくらお取り込み中みたいなんで、トレー、後で取りにくるっす」
「はいはい、早くしてね。不味くなるから」
 とんでもない餞別を胸に近付いてみれば、三人程が円陣を組んでいた。しかしながら、こちらには気付いてないらしい。
 スラックスのポケットを漁り、腐敗していると自称してる友人に被ったからと処理を頼まれた、『萌える声特集』という中央のボタンを押すと喋る安価で手には入る玩具を耳元で鳴らしてやった。
 やぁん、とどこか艶めかしい声がして(萌えというのは可愛い女の子を指すんじゃないのか)それに肩をびくっと揺らして三人ともこちらを向いた。
「なに、やってるんだ?」
「俺はこいつに水をぶっかけれたんだよ! こいつがアンタの連れなら弁償してくれよ」
 中の一人がひらひら濡れたカッターシャツを見せつけてきて、隣にいる二人は口々にカラスを罵倒していた。
「……そりゃ被害妄想って奴だろ。そっちが先に手ぇだしたんだから、その位被害被っても諦めないと」
 自由に使っていいと、隣のテーブルに置いてあった箱ティッシュを拝借して押し付ければ、あり得ないといった顔をしてきた。
「水なんだろ? 拭けばいいじゃん」
「は。ふざけんな!」
 肩を押さえつけられたものだから、仕方なしにティッシュを手放せば鈍い音をたてて地面へと落ちた。それにびっくりしたのか音の経緯を探すつもりなのか、目線を巡回させているのを良い事に腕で男の鳩尾を殴りつければ体躯が揺らいだ。
「……いい加減にしとけよ。たかが、水で、ごたごた言ンじゃねぇよ!」
 襟元を掴んでやれば、大人しくなった。もう反抗なんかしないであろうし、ラーメンを取りに行こうと腕を離して視線を切った。
「あ、もういいんでラーメン下さい」
「相変わらず威勢がいいのね。マズくなる前に食べちゃいなさい」
 呆れたように言いながらも口元を笑みを浮かべたパートの人は、ひらひら手を降って見送ってくれた。(五メートルも離れていないが)
「カラス、ほら食べよう。な?」
 カラスは一枚のルーズリーフを見せてきた。裏返しのそれを捲れば、文字の大きさをごちゃごちゃに横書きで大量の文字が書かれていた。所々の文字は滲んでいて、解読が不明になっている。
『ごめんなさい』『すみません』『許して』『悪かったです』『捨てないで』『見捨てないで』『僕が全部悪いから』『ごめんなさい』『ごめんなさい』『ごめんなさい』『許して』『僕が全部悪かったです』『僕が、僕が、』『なんでもするから』等々。
 どうやら水をぶっかけた事に対して謝罪がしたいらしいが、涙をうっすらと浮かべた姿に何も言う気も起きなくて、わさわさと頭を撫でてやった。
「ほら、ほら。早く食べないと、全部食っちまうぞ?」
 がばっ。と、今までの泣き顔はどこへやら。それはもう、凄い勢いでラーメンをすすり始めていた。
「相変わらず現金な奴だね、カラスは」
 箸を握り締め、一心不乱に食べているカラスを見ながら自分も遅い間食を口へ運ぶ。
(まっず……)
 麺が時間がたった所為で柔らかくなっていた。箸で持ちあげるとぶち、と切れるとまでは言わないけれど細麺の面影はなかった。
 静かな食事だ。彼は利き手の右腕が自由出ない限り話す事は出来ないし、俺だって一方的に話し続けてる事への酷い虚無感には耐えられないのだから。
『なにこれ、まずい』
 そんな事を考えながら食べていれば、今更ながら苦情を言われた。
「そりゃ、否定できないわな。あ、そうだ。俺、もういらないんだけど残りいるか?」
 彼は何か言いたげにペンを紙の上に滑らして、こちらへ押しつけてきた。
『ルイベが食べさせてくれるなら』
「公衆の面前でそれは駄目だろう。……仕方ない、残りは俺が食べるから」
 もう一度食べようとすれば、カラスが器を引っ張った所為で箸がテーブルにあたって音をたてた。
『仕方ない、食べてあげる』
 滅多に浮かべない笑顔を向けられて、仕方ないなぁと思いつつ、箸を空っぽのカラスが食べていた器に置いた。
作品名:紙という会話手段。 作家名:榛☻荊