Gothic Clover #03
罪久はそう言うと腕ポケットからナイフとピンセットを取り出して、ボクの傷口をいじくり始めた。
「しっかしよぉ、よく勝てたな」
「ただ針飛ばしてくるだけダロ」
「ん? 針だけ?」
「え、あ、ウン。何か変な事でも言ったカ?」
「遊ぶ利己主義、創口突潮。確か『仕掛け遣い』だって聞いてたぜ」
「……『仕掛け遣い』?」
「ああ、見てみろこいつの腕。」
罪久は針を抜き終わると、倒れている突潮の腕を掴んで持ち上げる。
「ホレ、ワイヤーにフックに銃に…これがネジくんの言ってた針か、あとナイフにボウガンに缶切りにコルク抜きにヤスリにピンセットに……このぐらいか。足にも同じ数ぐらいギミックがあると思うぜ?」
キャンプ用品かよ
「……でもボクには針しか遣ってこなかっタ」
「むぅ……殺し文句は言われたか?」
「殺し文句?」
「俺たちみたいな連中が本気で殺り合う前に必ず言う言葉だよ」
ああ、あのキメ台詞か。そういえば突潮は……
「……言ってナイ」
「じゃあ、おそらく遊んでたんだろうな。ネジくんみたいな一般人に負けるワケがない、そう思ってナメてかかってたんだろ」
「ンー、予想してたとはいえ、やっぱりか」
ナメられてるうちに決着がつけられて良かった。
「ま、本気で殺り合ったらネジくん確実に殺られていただろうね」
「……一体、こいつらは何なんダ?」
「知りたい?」
「……できれバ」
「……命を摂らなきゃ生きていけない逝ってイカれて狂った集団、趣味道楽歓喜快楽で肉を斬り喰う一軍団、求人血肉の人喰倶楽部」
「……」
すげぇのが出てきやがった。
って、あれ? 人喰倶楽部? どっかで聞いたことあるな。
……ああ、思い出した。坂造の持ってた事件ファイルにそんな名前があった。
「人喰倶楽部は主に神奈川北部を覆っている。で、それに対して神奈川の東部を覆って活動しているのが俺達だ」
俺達……
罪久、お前は──
「……お前は一体……何なんダ?」
走行中の電車の屋根の上、空気の流動が一瞬止まった。
「……命に従い人に生きる、人を奪い命は生きる。殺人サーカス、恵之岸歌劇団。その最終幕の2番手を演じる、冷殺吹雪、喰臓罪久」
そう言って、罪久は笑う。
恵之岸歌劇団……
なんだろう、それもまた、どこかで聞いたような……
「ま、ネジくんには全然関係なかった世界だけどな」
「過去形にするナ。できれば関係したくなかっタ」
「もう無理だろ」
「こいつらさえ片付けて隠蔽すればまだ大丈夫サ」
ボクは突潮の屍体を持ち上げて電車の上から投げた。突潮の屍体は電車から落ち、更にそばの崖から落ちて見えなくなる。しばらくして水に落ちた音がした。
「裟刀ハ?」
「殺した」
「じゃあまだ海岸を走っているうちに捨てちまオウ」
ボクは屋根から車内に窓から入る。中には裟刀と少女が首から血を流して倒れていた。ボクと罪久は屍体を外に投げ捨てる。
「そういえば、運転手ハ?」
「うん?」
「これだけ暴れてりゃ普通異常に気付くダロ」
「いや、そもそもいなかった」
「………そうカ」
運転手も殺したのだろうか? いや、そこまでしたらさすがに隠蔽しきれないから、隠したか何かしたのだろう。
……ちょっと待て。
「じゃあこの電車、どうやって動いているんダ?」
「……あ」
ボク達は1両目の車両に急いだ。1両目では人飼達が寝ていた。人飼も寝てるってことは多分、薬か何かで全員眠らされたのだろう。
「くそっ、運転室のドアが開かねぇ!」
「どケッ!」
ボクはドアを蹴破った。
「よシ!」
「ブレーキは?」
「……わかんネェ」
「これかな?」
がしゃん
スピードが上がった。慣性の力でボクは壁に頭をぶつける。
「莫迦、何やってんダ!」
「悪い、すぐに戻す。でもブレーキをかけなきゃスピードは下がんねぇ! ブレーキは?」
ボクは運転室を見回す。
「……見つかったヨ」
「じゃあ早く─―」
「いや、無理ダロ、コレ」
ブレーキは破壊されていた。おそらくあの3人、いや、2人によってだろう。
「しゃあない、止まるまで待つか」
「ああ、放っときゃ止まるダ……ン?」
今、駅を一つ通り過ぎたような……
「なぁネジくん」
罪久が固まったままボクに問い掛ける。
「なんだイ?」
「今通り過ぎた駅の名前、端峰(はしみね)っていう名前じゃなかった?」
「そうだネ」
「次ってもしかして、赤薬(あかやく)?」
「ああ、赤薬だよ。終点だネ」
「……」
「……」
果たして終点に着くまでに、この電車は止まるのだろうか?
「人飼、起きロ人飼!」
「俺一番後ろの車両に行くわ」
罪久は非情にも先に逃げる。
「他の奴等もホラ!」
ボクは全員の頬をペチペチと叩きまくる。
「なんだよもう」
「頼むから寝かせてくれ…頭痛ぇ」
なんとか全員叩き起こす。
「あれ、荷物は?」
「いいから聞ケ、この電車はブレーキが壊れてイル」
「……はぁ!?」
「しかももうすぐ終点ダ。どういうコトだかわかるヨナ?」
「……」
「……電車は急に止まれないってこと?」
「駅にぶつかるってことダヨ! 寝ぼけてんじゃネェヨ!!」
「……ああ、なるほど──って大変じゃん!!」
灘澄、いい反応だ。他の奴等もようやく事態の危機に気付いたらしく、わらわらと起き出す。
「一体何が起きたのさ!」
「説明は後ダ。とりあえず移動シロ!」
「荷物は?」
「向こうにアル」
「本当にぶつかるの?」
「おそらク」
「酒は?」
「まだ呑む気カ!?」
どたばたと走り去るみんな。そこで人飼と目が合う。
「人飼も早ク……」
「やっぱり予想通りね」
「……」
「あなたっていつもそう」
「…………」
「あなたのまわりって、いつも混乱と混沌が渦巻いていて、とても落ち着いていられない。破滅と破局が常に破壊を求めてる。ドラマチックに壊滅的ね」
「…………」
「ま、それが捩斬クンなんだけどね」
人飼はそう言って、やっと移動を開始した。
「…………ハッ」
ボクはそんな人飼の背中を見つめる。
相変わらずズバズバとモノを言ってくれる。他人の気持ちも分からずに、ボクの気持ちも解らずに。
笑えねぇ
下らねぇ
それこそ、壊滅的につまらねぇ
「そんなの……今更なんだヨ……」
独り言のように呟く。
さて、ボクもそろそろ移動しなくては。もうすぐ終点に着く頃だ。全く、手間がかかるぜ。
ボクは足を引き摺って歩き始めた。
みんなのところへ、行こうとした。
作品名:Gothic Clover #03 作家名:きせる