そらのまんなか
主語も目的語も欠落した喋り方を、彼はよくする。それは彼が大物ぶっているわけではなく、ただ単に面倒くさがっているだけだということを、ブラッドは出会って三日で気がついた。
「何がだ?」
「ムッシュ・シエル」
「どうもこうもないな。まだシミュレーションの操縦すら見ていない」
ふうん、と面白くなさそうに呟いて、フランシスは再び二人掛けソファに横になる。両手を組んで、頭に敷いた。空いている一人掛けに、ブラッドは腰を下ろす。
「じゃあ、どんな奴?」
「そうだな……」
苦手な同期生の顔を眺めながら、彼はこの一週間、要を監視しながら思っていたことを口に出した。
「お前に少し似ている」
「オレに?」
返事を待ちながら徐々に目を閉じかけていたフランシスは、身じろぎして目を完全に開いた。嫌そうに顔をしかめる。
「げぇ」
「どうやら自分の性格や言動に自覚があったようだな」
「んだよ、それ」
少し怒ったような様子の同期生――否、彼のことだから本気で腹を立てたのかもしれない――に対し、ふん、と鼻を鳴らして笑うと、ブラッドはしかし考えてから言葉を選んだ。
「いや、正確に言えばお前より二割増しにマイペースで、お前の五倍は他人に気を使える奴だ。オリエンタル東洋人というのはどうも不思議に見えるな」
一瞬、妙な沈黙があった。自分の言動のミスに気が付きブラッドはすぐに口をつぐ噤んだが、発言はなくならない。フランシスはブラッドを横目で見ると、表面上はいつも通り、つまらなそうに天井に視線を移した。
「よかったな、ここにオレしかいなくて」
「ああ、悪い……。今のことは忘れてくれ」
「オレだってそうしたいね」
寝ころんだまま器用にフランシスは肩をすくめる。だがそうはいかないだろうと、図らずも同じことを彼らは考えた。記憶力は悪くない。一度話題に上ってしまえば、少なくとも二週間は忘れることなど出来ない。特に、要を相手にするブラッドはなおさらだ。
「前言は、撤回する」
「は?」
言葉通り、先ほどの沈黙も会話もなかったかのような態度で、今度こそしっかり目を閉じていたフランシスが片目を開いた。しかし内容を詳しくは問わず、すぐに目を閉じる。自分に気を遣ったのか、単に眠いから面倒くさがっただけなのか、ブラッドは測り損ねた。
こういうときに、相手の器を大きいと感じる。年月で単純には埋めがたい差異を意識する。相手の言動に子供のようだと思う自分の、不用意さこそが子供のように残酷だと、時々思う。例えそれが年齢相応だと思われていても、背伸びした言動をしている自分なだけに、その罪は重いのではないかとも。
突然横っ面に衝撃を感じて、ブラッドは文字通り面食らった。一冊の雑誌が不格好に広がりながら右膝へ当たり、床へ落ちる。鮮やかな、そして面積の少ない服を着た女性のグラビアが変に折れた状態で目に入る。フランシスの手がそれを拾って所定位置である自分の腹の上へ戻した。小さく、舌を出す。
「さっきの仕返し」
その言葉の指示語が何を示すのか咄嗟にはわからず、行動に対して何の反応できないまま、ブラッドはしばらく考えた。数秒考えてようやく、先ほど撤回したつもりだった性格に対する見解を根に持っていたのだ、と思い当たり、フランシスを睨みつける。
「いつものことだが、俺達は意思疎通がなっていないようだな」
囁くように低く言うと同時、彼は机の上に置いてあった分厚い服務規定の冊子を素早く手に取り、その厚紙の表紙をフランシスの顔面に向かって力一杯押しつけた。