My Goddess
「何でも」
細く目を開けると、ベッドに肘をついたまま、空いている方の手を彼女が広げた所だった。
「世間話でもいいし、学校であったことでもいいし、二年間にあったことでも、家族のことでも、友達のことでも、好みのタイプとか、好きな女の子のことでも」
一つずつ、細い指を折っていく。
「何か、久しぶりに英二の話を聞きたかったんだけど」
当てられていた手から、少し離れるようにして俺は体を起こした。座ったまま、彼女の方へ反転する。
「何で?」
宙に浮いた手が、行き場をなくして自然に握られた。肘を付き直して、指の背に細い顎を乗せる。
「最近、あんまり喋ってないなと思って」
何気なく言われた瞬間、胸の奥に、何か熱いものを当てられたような気がした。つられてじわじわと涙腺がゆるみそうになって、慌てて意志の力で押さえ込む。
何事もなかったかのように答えようとしたその瞬間、ひときわひどい痛みが頭を直撃して、俺は呻いていた。上体が崩れる。頭の横を手で押さえて、うずくまった。
「大丈夫? ここ、横になったら」
体を起こして縁から足を下ろすと、彼女は俺の方に手を伸ばした。肩のあたりに触れる。ゆっくり動いて何とかベッドへ腰掛けると、目の前に彼女の顔があった。
「薬持ってくるわね。夕飯も今日は私が用意するから、ちょっと待ってて」
そう言って腰を浮かそうとする彼女の手を、反射的につかんだ。驚いた顔が、狭くなっていく視界の中に移る。
「ここに、いて」
掠れた声で言うと、彼女は驚いた表情をゆっくりほどいて、俺の隣へ座りなおした。座ったまま半分蹲るようにしている俺の頭を、指先でそっと撫でる。その感触に安堵して、小さく息を吐いた。
「好きな人の話でもいいって、言ったよね」
「うん?」
俺の髪をゆっくりゆっくり、まるで熱い飲み物をスプーンでかき混ぜる時のように丁寧に撫でていた彼女の指が止まった。それに気づかないふりをして、顔を伏せたまま、続ける。瞼裏に浮かんだのは、目の前にいる無防備な彼女じゃなくて、今日法廷で遠目から見た彼女だった。
「俺は、伊織が好きだよ」
作品名:My Goddess 作家名:名村圭