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My Goddess

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 他人に、自分と彼女の関係を正確に説明するのが難しいことには、新生活が始まって一週間ほどで気づいた。
 数日は小手先調べのような、表面的な会話だけで済んだものが、一週間も経つと個人情報の流出から免れられない。何処の出身で、どんな家族構成で、どんな学歴で、現在何処に誰と住んでいる。そんな他愛もないことのはずなのに、ありのままを伝えるのは困難を極めた。
 最初は誤解。そして猜疑と好奇心。その連続にうんざりして、数人で話すのをやめた。
 そもそも関係と言えるような関係ですらもないのだ。元々は弁護士とその雇用者の息子、保護監察対象。ビジネスライクに割り切れるほどドライではなく、ビジネスを排するほど甘くも優しくもない。仕事相手と言うには近すぎ、友人と言うには遠すぎた。一番近い表現は、お互いにとって疑似家族のような、そんな関係だった。
 お互い、真っ当な当たり前の『家族』には縁がなかった。俺の家庭環境は典型的ながらも特殊だし、彼女の家族は十年以上前に全員いなくなっている。だから、依存というまでもない依存、不干渉なわけではない適度な干渉。そういう、お互いにとって都合のいい、関係だった。
 今もきっと、それは根本的には変わらない。昔も今も、俺は自分の意志でここにいる。他人から見てそれがどんなに奇妙だろうと、この場所を捨てる気はなかった。
 それでも最近になって、俺たちの関係は少し変わった。最近、というか、ここに俺が帰ってきてからだ。距離が遠くなったかと思えば、近くなったように感じる。実際、物的距離は近い。
 彼女は相変わらず無防備で、無頓着で、文句の一つや二つは言いたくなるけれど、それでも言えずにいるのは、多分そこに信頼のようなものを認めてしまうから。言葉の端々に、行動の端々に、俺への信用だか信頼だかが、仄かに見えるから。
 しかしそれを自覚する度に軽い疲労と、頭痛のようなものを感じるまでに時間はかからなかった。
 そうして多分、日々の些細なストレスが体の奥で降り積もるように溜まっていって、事件は大学が始まってから一ヶ月ほど、五月のゴールデンウィークが開けてしばらくして、起こった。



 いつもと同じように前日にセットした目覚ましを止めて俺が起きようとすると、今まで味わったことのないような痛みがこめかみの辺りから全身まで走り抜けた。叫びたいのを意識で押しとどめて小さく呻く。痛みの発信地だと思われる左のこめかみを左手の二本の指で押さえた。
 体を丸めて、目を閉じる。指を頭に押し込むように強く押さえると、徐々に痛みはひいているようだった。否、感覚がこの痛みに慣れて、鈍くなっているだけかもしれない。
 目をうっすら開けて、俺は枕元の時計を見た。時刻は、午前8時過ぎだった。それを確認して、鞄を見ずに手繰り寄せる。そして最近買ったばかりだが、ほとんど鞄に入れっぱなしの携帯電話を取り出すと、多分二番目によく使っているメモリを呼び出した。
 彼女が起き出したのは、それよりも二時間も後のことだった。朝食が用意されていなかったからか、コーヒーメーカーが動いていなかったからか、異変を確認したらしく、珍しく俺の使っている部屋まで来た。
 二回のノックを二度したらしいし、それをぼんやり聞いたような気はしたけれど、その頃俺は痛みで朦朧とした後うとうと微睡んでいて返事が出来なかった。
「英二(えいじ)?」
 念のため、という感じでかけられた声でようやく目が覚めた。しかし覚めた途端また軽い頭痛に襲われる。痛みに顔をしかめながら、俺は彼女の方を見ないまま答えた。
「何?」
「珍しいわね、こんな時間まで寝ているの。どうかした?」
「頭、痛くて……」
 まるで久しぶり喉を動かしたかのように、声は掠れて、次いで咳き込んだ。
「やだ、風邪ひいたの?」
 ようやく、顔を見上げる。しばらく見ないうちに背中にかかるようになった彼女の髪が、首をかしげる仕草と共に着ているシャツの上を滑った。俺は掛け布団ごと体を三十度ほど起こして、後ろに手をつく。
「違う。多分、偏頭痛って言われた」
「誰に?」
「兄貴。さっき電話で」
 俺が足をどけた分出来たスペースに腰を下ろすと、彼女がこちらをのぞき込む気配がした。
「大丈夫? 何か欲しいものある?」
「とりあえずは何も……。吐き気がするから何も食べたくないし、そうすると薬も飲めないし」
 言葉を発する、その一言ごとに、痛みがまた戻って来そうだった。背中を丸めて備える。
「そんなに痛いの?」
 体を少し前倒しに近づけたらしく、暖かい手が寝間着代わりのTシャツ越しに背中に触れた。その温度にどことなく俺は安心する。そして同時に、それが寂しいが故に不調を起こす子供のような気がして、ばつが悪くなった。
「じゃあとりあえず、薬買ってくるから寝てなさい。学校は平気なんでしょう?」
「いや、三限が必修で出席取るから行くよ」
「こんな時くらい休みなさいよ。何のために普段真面目に出ているの?」
 じわじわと戻ってきた痛みに意識が散漫になっていた一瞬、彼女の屁理屈に納得しそうになった。
「自分の勉強と成績のために決まってるだろ」
「あら、真面目ね。これは失敬」
 ふざけた彼女の台詞に瞬間的に泣きたくなって、俺は頭を抱える。そのままの勢いで足を伸ばし、また横になった。しばらく、沈黙と頭痛の双方に耐える。しかし、長くは続くはずもなかった。
「わかった。今日は休む」
「よろしい」
 にっこり、と満足そうに笑って立ち上がると、一度小さな手で俺の頭を撫で、細い指で俺の髪をかき混ぜ、彼女は部屋から出て行った。
 小さな台風が去ると、頭痛もつられて収まって、そのまま俺は眠りに落ちた。

作品名:My Goddess 作家名:名村圭