魔導装甲アレン3-逆襲の紅き煌帝-
睨み合う二人は同時に銃を抜いた。
その仲裁に入ったのはなんとルオだった。――いや、違った。ルオはアレンの〈ピナカ〉を奪っただけだ。
「これで朕の〈黒の剣〉は返してもらうよ」
「おい、俺の銃だぞ!」
「君のではないだろう。ライザの物だ、つまり朕の物だ。この飛空挺も朕の物になるわけだが、これは君たちにくれてやる」
そう言ってルオはピナカをジェスリーに放り投げた。早く〈黒の剣〉と〈ピナカ〉を取り替えろということだ。
アレンはここでさっき話していなかったことを思いだした。
「そうだ、あの兄ちゃんから預かってた物あったんだ。ジェスリーにだってさ」
メモリーをアレンはジェスリーに手渡した。
「これは古い時代のメモリーカードです。わたくしの規格で読み込むことができます」
なんとジェスリーはメモリーを呑み込んだ。差し込み口は腹の中というわけだ。
見る見るうちにジェスリーの瞳が見開かれていく。驚愕だ。機械人のジェスリーが驚愕している。
「なんということでしょう。まさか……こんな重要なことを……」
「どうした?」
アレンが尋ねると、ジェスリーは深く頷いてから、話しはじめたのだ。
「このメモリーカードには、いくつかの情報と、わたくしに掛けられていたプロテクトを解くキーが記録されていました。簡単に言いますと、わたくしは意図的に記憶を封じられていたようです」
訝しげにトッシュが尋ねる。
「どんなだ?」
「ワーズワースの正体についてです。彼はわたくしをつくった3人の科学者のひとり、ジャン博士だったのです」
「ほう」
と、声を漏らしたのはリリスだった。
「妾も気づかなかった」
リリスにも気づかれず、ジェスリーの記憶も封じ、アダムにも知られていなかったのだろう。
ジェスリーは語りはじめた。
「ワーズワースとしてのジャン博士は、その姿形、声すらも当時とはまったくの別人として、生体の改造をしたようです。しかし、今ならわかります。しゃべり方には、当時の面影が少し残っていました」
懐かしそうな顔でワーズワースは話していた。
「ジャン博士はアダム追放後すぐにコールドスリープをしました」
「なにそれ?」
不思議そうな顔をしたのはアレンだ。
「コールドスリープとは、生きた人間を冬眠させる装置だと思ってください。その作業を手伝ったのがわたくしでした。そして、ジャン博士はこの時代に目覚めたようです。およそ15年ほどの前のことです」
ジャンがコールドスリープ前に何歳だったかわからないが、15年プラスしてあの若さというのは、なんらかの技術によるものだろう。ワーズワースの姿になったとき、見た目の若さも手に入れたのかもしれない。
「そして、今から2年ほど前、ジャン博士は隠形鬼の存在を知り、それがアダムだとすぐに気づいたのです。ジャン博士はワーズワースとなり、どうにか鬼兵団の一員としてアダムに近づき、その動向を探っていたようです」
ジャンとして、ワーズワースとして、そして風鬼として、渡り歩き、数々の経験をしたことだろう。鬼兵団としてやりたくないことにも手を染めたかもしれない。
「すぐにアダムをぶっ飛ばせばすぐ話じゃんか」
アレンはいつもこうだ。
ジェスリーは丁寧に首を横に振って見せた。
「アレンさんの方法はシンプルですが、実現は難しいのです。ジャン博士にとって孤独な闘いでした。すでに文明は滅び、頼るものもなく、理解者もなく、大きな敵にどう立ち向かうのか。今は鬼械兵団が動き出したあとですから、その脅威について人間が認識することは簡単です。しかし、それ以前にたった一人の人間が、その脅威について人々に訴えかけたところで、だれがその話を信じるでしょうか。時代が時代でも理解されないことはあります――レヴェナ博士は危険性を示唆していたのに、戦争は起きてしまいました」
ワーズワースは吟遊詩人だった。彼は旅をしながら、なにを求め、なにを人々に訴えかけたかったのか。その記録もジェスリーは知っているのだろうか?
一呼吸置いてから、ジェスリーはさらに話を続ける。
「クーロンは古い時代、人間軍の基地があった場所でしたが、戦争の早い段階で機械軍に乗っ取られた場所です。あなた方がクーロンで魔導炉と呼んでいる物は、実際にはナノマシンウイルスをつくり出すプラントなのです」
ここにセレンがいれば、それを目の当たりにした者として、なんらかの発言があったかもしれない。
一同の中には本当にそんなものが存在するのか、人間を機械人化するなどありえるのだろうか、そういった空気があることは否めない。けれど、リリスは現実味をもってその話を聞いている。もともとそれは彼女が研究していたものだからだ。あの妖女リリスたるものが、複雑な顔をしている。
トッシュが発言する。
「魔導炉を壊せばナノマシンウイルスの危機は防げるってことだな?」
しかし、それに反対する者がいた。
「魔導炉は国の維持に必要不可欠なものだ。破壊するなど朕が許さぬ」
これはルオの意見だけでは済まないかもしれない。ナノマシンウイルスの脅威を考えれば、魔導炉を破壊するのもうなずける。けれど、魔導炉のエネルギー資源の恩恵を受けている立場は、それが失われることをどう思うだろうか?
豊かな暮らしから、厳しい砂漠の真ん中に放り出されると知ったら、自分たちの生活を守ろうと立ち上がる者がいるのではないだろうか?
周りで人々が苦しんでいようと、戦争の真っ最中であろうと、私利私欲を守ろうとする者たちは絶えない。
トッシュとルオが睨み合う中、それを割ってはいるように、ジェスリーは話をして自分に視線を向ける。
「プラントを停止させるなり、破壊することは可能ですが、空中に散布されたナノマシンウイルスを停止させることは通常の方法では不可能です。それの唯一の対抗手段として、ジャン博士は〈黒の剣〉を考えていたようです。加えて〈生命の実〉がアダムの手に落ちた場合の対抗手段としても、〈黒の剣〉が有効とのことです」
――〈黒の剣〉の秘密、知りたくはありませんか?
そうワーズワースに言われて、ルオは旅の同行をしたのだ。だが、月へ行ってもわからず終いだった。ルオはジェスリーの話に興味を持った。
「朕の〈黒の剣〉がなんだというんだい?」
「〈黒の剣〉の理論はもともと〈生命の実〉の副産物として生まれました。〈生命の実〉が無限のエネルギーを放出するものならば、〈黒の剣〉は無限にエネルギーを吸収するものです。実際には吸い取ったエネルギーを放出することも可能で、複雑な作用をするものなのですが、膨大な〈生命の実〉のエネルギーを吸収して、相殺できる唯一の受け皿ということが重要なのです」
ワーズワースがアレンに言い残そうとしたことだ。あのときは最後まで語られることはなかった。
レヴェナが唯一の例外としてつくったもの。すなわち戦う目的のためにつくったもの。それが〈黒の剣〉。
その真価についてジェスリーが語る。
「それだけではありません。〈黒の剣〉は使い方によっては、この世の全てのエネルギー活動を停止させることが可能です。アダムとてその例外ではありません」
それは?死?である。
作品名:魔導装甲アレン3-逆襲の紅き煌帝- 作家名:秋月あきら(秋月瑛)