魔導装甲アレン3-逆襲の紅き煌帝-
自分が助かることをアレンは知っていたわけではない。
しかし、この部屋に新たな風が吹いたのだ。
風の刃はセレンを拘束していた蔓を微塵切りにして、さらにアダムの服を刻みながら吹き飛ばしたのだ。
フローラが叫ぶ。
「風鬼!」
どこからともなく部屋に現れた風鬼ことワーズワース。彼の眼差しは真剣そのものだった。
「セレンちゃんひとりで逃げ延びて! ここは僕が押さえる、速く走って!」
戸惑うセレンは一瞬その場で硬直したが、すぐにひとりで逃げ出した。ワーズワースの言葉を信じたのだ。
恐い顔をするフローラと無表情のアダムにワーズワースは見つめられた。
「説明して、なぜこんな真似をしたの?」
「さあ、僕にもさっぱり、なんでだろうねぇ、不思議不思議」
「おどけて見せたってダメよ!」
フローラはすでに攻撃を放っていた。木の根の槍がワーズワースを襲う。
先に仕掛けたのはワーズワースである。戦いになることは覚悟の上だった。
カマイタチが木の根を切り刻み、さらに優しい風がフローラの鼻をくすぐった。
急にフローラが痙攣しながら倒れた。眼は見開かれたままだ。
にっこりとワーズワースが微笑む。
「君の得意な痺れ薬。僕のは科学的に合成した無味無臭のものだけど。君なら体内で解毒剤を精製して、10分ほどで動けるようになるかな」
「……な……ぜ……」
その一言だけを絞り出してフローラは完全に動けなくなった。
冷たい瞳でアダムはワーズワースを見た。
「裏切りの理由を問おう」
「セレンちゃんには手出しはさせない。おまけに、アレン君も助けられたらラッキーかな」
やっとアレンが床から立ち上がった。
「俺はおまけかよ」
腕を回して自分の躰を確かめる。まだアレンは動けそうだ。
ワーズワースはビー玉のような物体を一気に何十個とアダムに向かって投げた。
「アレン君逃げるよ!」
「逃げるのかよ!」
「僕にはアダムを倒すことはできないからね。あとセレンちゃんも心配だ」
「だったらはじめから3人で逃げればよかっただろ!」
「いっぺんに全員で逃げるのは難しそうだったから。とりあえずフローラとアダムは足止めしないとね」
ワーズワースの投げた物体はアダムの周りを取り囲み、点と点が結ばれエネルギーフィールドの檻をつくり上げた。
セレンがひとりで危険を掻い潜るリスクより、アダムとフローラに追われながら逃げるリスクを大とワーズワースはしたのだ。
アダムが檻に触れた瞬間、火花が散ってその手を溶かした。手首から先を消失させたが、すぐにメタリックな手は再生された。
「無理に出ようとすれば、私とてただでは済まんな」
ワーズーワースが部屋を飛び出す。
「時間稼ぎにしかならないから早く!」
「今のうちにぶん殴っちまえばいいだろ!」
「アダムも外に出られないけど、君もアダムに手を出せない仕様なんだよ」
先を進むワーズワースを追って仕方なくアレンも部屋を飛び出した。
廊下でいきなり鬼械兵どものお出迎えだ。
ワーズワースの放った圧縮した空気で鬼械兵を押し飛ばす。だが、押し飛ばすだけだ。
「アレン君、なんか武器持ってないの? 僕の風じゃ鬼械兵は倒せない!」
「伏せろ!」
アレンが叫んで〈ピナカ〉を放った。
床に這いつくばったワーズワースの真上を輝く3本の矢が抜けた。
圧倒的な破壊力で鬼械兵が薙ぎ倒される。廊下の壁にも巨大な鉤爪のような穴が空き、先にある部屋が丸見えだった。その部屋の中にはカプセルベッドが並び、鬼械兵が眠りついていた。
新たな兵が起き出す前に早く逃げなくては。
ワーズワースが素早く立ち上がった。
「僕まで殺す気!?」
「だってあんた敵じゃないの?」
「もうこうなっちゃったから言うけど、二重スパイだったんだよ」
「二重スパイってどういうことだよ?」
「とにかく人間側、君たちの味方ってことだよ。ほら、さっさと逃げながらセレンちゃん探すよ」
廊下を再び走り出した二人の前に鬼械兵どもが現れた。
先にワーズワースは床に這いつくばった。
再び〈ピナカ〉で一掃だ。
「糞っ、なんだよ次から次へと出てきやがって」
「先に言っておくけど、要塞の中もこうだけど、外はもっと鬼械兵でいっぱいだから」
「はぁ!? そんなのどうやって逃げるんだよ?」
「ごめんノープラン。あの場を切り抜けるのが精一杯で、そもそもこの事態は予定外なんだよ。だって君たちがここに来るなんて思わないから」
ワーズワースは苦しげな表情で唇を噛みしめた。
そこへ新たな鬼械兵が現れた。今度は鬼械兵だけではなかった。花魁衣装に身を包んだ火鬼だ。
アレンは嫌そうな顔をした。
「なんだ、生きてたんだ。死んだと思ってほっといたのに」
「地獄から舞い戻ったでありんす」
その躰は顔の半分を残してすべて機械化されていた。その髪の毛の一本一本までもだ。
炎の攻撃にだけ注意すればいいと油断していた。
刹那だった。無数の針となった火鬼の毛がワーズワースの腹を貫いていたのだ。内蔵はボロボロになり、通常の手術ではもう手の施しようがない重傷。
――歯車が咆哮をあげた。
アレンの拳が機械化されていた火鬼の頬を変形させるほど抉り、そのまま首がもげた。
床に転がった火鬼の頭部。首から火花が散って、謎の液体を垂れ流している。
「小僧……め……」
眼と口を開いたまま火鬼は停止した。
すぐにアレンはワーズワースを抱きかかえた。
「だいじょぶか!」
「無理ですね……これ死にますよ」
「さっさとずらかって直してやるから我慢しろ!」
「そういう根性論無理です、僕理系なんで。本当にもう死にそうなので、頼まれごといくつか引き受けてください」
「早く俺の背中に!」
だが、もうワーズワースは壁にもたれ掛かり、座ったまま動くことができなかった。少しでも動けば、躰が崩れて横に倒れてしまいそうだ。
ワーズワースは床の上に垂れていた腕の先で、ゆっくりと手を開いて見せた。
そこに乗せられていたのは、小型メモリーと十字架のペンダントだった。
「まず、メモリーはジェスリーに渡してください。十字架はセレンちゃんに」
「自分で渡せばいいだろ!」
「頼みましたよ、ほらこれを持って早くセレンちゃんを探してください」
アレンは無言でメモリーと十字架に手を伸ばした。
手と手が触れた。まだワーズワースの手は温かい。そして、ワーズワースはアレンの手を強く握り締めたのだ。
「頼みます」
そう言ってワーズワースは残る片手で自分の腹に空いていた傷口に差し込んだのだ。
まさかの出来事にアレンは眼を剥いた。
「なにやってんだあんた!」
「これ僕の形見なんで、アレン君が使ってください」
ワーズワースが腹の中からえぐり出したのは、少し青みがかった透明の球だった。握った手が隠れそうな大きさだ。
「風を発生させる魔導具です。僕がつくったもので、本当は武器ではなくて送風機として、なにかの役に立たないかなぁって。僕がこれまでつくってきたものだって、レヴェナがつくってきたものだって、本当は戦いのためにつくってきたんじゃないんだ。でもね、レヴェナがつくったもので唯一の例外……それが…… く……ろ」
ワーズワースの息を止まった。
作品名:魔導装甲アレン3-逆襲の紅き煌帝- 作家名:秋月あきら(秋月瑛)