魔導装甲アレン3-逆襲の紅き煌帝-
第1章 不気味な足音(1)
あなたは最後の希望。
これをあなたが見ているとき、わたしの精神はすでに此の世にないでしょう。
あの恐ろしい計画を止められるのはあなただけです。
楽園に行きなさい。
あの場所にすべてを隠しておきました。
あなたにすべてを背負わせてしまって、本当にごめんなさい。
その世界は優しい光に包まれていた。
太陽光ではない、空を思わせる広大な天井が輝いているのだ。
人工の空。大地は黒土だった。
栄養の行き渡った土壌には豊富な植物が息づいている。
色とりどりの花々が香り、生い茂る木々立ちが風に揺られている。そこには蜂や蝶も虫たちもいた。そして、手入れの行き届いた芝生が広がっている。
人工的に作られた自然公園だ。
公園の先には天井に届きそうな高い影が見える。
鉄筋コンクリートのビルだった。
街が広がっている。
高層ビル群の間を縫うように張り巡らされた空に架かった透明な筒状のトンネル。その中をタイヤのない車が空を飛びながら行き交っている。
ステーションから発車したのは、磁気浮上式鉄道だ。
失われた時代。
世界に住む者たちは、それをロストテクノロジーと呼んだ。
広大な自然公園の中には湖と大河があった。
増水があったのだろうか、乾いた大地に船が乗り上げ、木片などの細かいゴミも散らばっていた。
その中に人影があった。
まだ子供だろうか?
それは少年だろうか?
それとも……?
微かに微かに歯車の音がするような気がする。
空を飛んでいたスクーター型エアバイクが、旋回して川岸に下りてきた。
エアバイクを止め、地面に降り立った人影は、ゆっくりと、まるで怯えるような足取りで、少しずつ近づいてくる。
気を失っていたアレンの瞼が痙攣した。
眩しすぎる光。
目を開けたのはどれくらいぶりだろうか?
どれほど意識を失っていたのだろうか?
躰が動かない――まったく。
いつまで経っても視界が完全に開かない。
アレンは声を絞り出す。
「腹……減った」
ピクニック日和だ。芝生の上でお弁当を食べたら、さぞかし美味しいだろう。
なのに酷く寒く、躰が動かないのだ。
アレンの視界の先でぼやけている人影は、驚いたように後退った。
「……ピーピーピー……ガガガ……」
そして、人間とは思えない電子音を発したのだ。
「ガガ……アナタハ……ガガ……あなたはニンゲン……ガガガ……あなたは人間ですか?」
抑揚には乏しかったが、それは紛れもなく人間の声だった。
アレンは静かに瞳を閉じた。
「もうちょっと……寝かせろ……起きたら……飯食う……」
それは眠りについたと言うより、意識がプッツリと切れた感じだった。
急に辺りが騒がしくなる。
パトランプをけたたましく点灯させたエアカーが、ぞくぞくと集まってきていたのだ。
木々に止まっていた鳥たちが一斉に飛び立った。
それは事件だった。
アレンの出現はこの都市にとって、何千年ぶりかの大事件だったのだ。
失われた歴史の続きが、紡がれようとしていた。
ベッドの上で目を覚ました。
粗末なベッドだった。
土壁の狭い部屋で、泥臭く、獣の臭いもする。
「……ううっ」
頭を押さえながら少年はベッドから這い下りようとしたが、全身が酷く痛んで上体を起こすことすらできなかった。
「くっ……」
自分の躰を観察する。
着せられているのは麻の粗末な服だ。右上で包帯が巻かれ固定されている。左脚も同じように固定されている。どちらにも添え木が入っている。
服をめくり上げると、肋骨のあたりが蒼く変色していた。
「……ここも折れているのか」
ほかにも打撲や擦り傷、無数の傷が体中にあった。
ドアの先から気配がした。
少年は身構えるが、それ以上の行動は取れなかった。
部屋に入ってきたのは15、6の娘。
「きゃっ」
いきなり少年を見て小さく悲鳴をあげた。
そして、すぐに頭を下げた。
「ごめんなさい、起きていると思っていなくて。体調は大丈夫ですか?」
「見ればわかるだろう」
少年はぞんざいに言った。なまいきな感じがする。
しかし、娘のことが嫌いなわけではないらしい。
「君の名前はなんと言う?」
「ラーレと言います。あなたは?」
「朕は……朕は……」
「チンさん? 珍しい名前ですね」
「いや……そうではない……名前が……思い出せないのだ」
少年の顔から一気に血の気が失せた。
――記憶喪失。
ラーレは戸惑ったようで、相手の言葉を理解するのに時間を要した。
「名前が思い出せないって……もしかして、ほかの記憶も?」
「ほかの記憶?」
「どこに住んでいたかとか、家族は?」
「……駄目だ。なにも思い出せない」
力なく少年は首を横に振った。
ラーレはタンスの中から服を取り出した。
「あなたが着ていたものです。とても高価そうなので、身分のある方では?」
少年はその服を片手で受け取った。
ところどころ痛んだり破けているが、肌触りの良い上等な布だ。金糸の刺繍が施され、煌びやかな色彩の服。この世界で数少ない貴族階級が着るような服だった。
「朕はなぜこんな怪我をしている?」
「ここ数日、川がずっと氾濫していて、漁もできず荷の運搬もできず困っていたんですが、きのうになってやっと水かさが減り、父が村に売りに行く荷を運ぼうと船を出そうとしたところ、川岸であなたを見つけたそうです。全身傷だらけで、家族の間では川の氾濫に巻き込まれたのだろうって……」
開かれたままだったドアの向こうから、子供の声が聞えてくる。
「お姉ちゃん! 大変だよ、早く着て!」
すぐに幼い少年が部屋に飛び込んできて、ビクッとして瞳を丸くして姉の後ろに隠れた。
それが自分に向けられたものだと知って少年は、いかにも嫌そうに鼻で笑った。
「これだから子供は嫌いなんだ」
「な、なんだよ、おまえだって子供じゃないか! ぼくよりは年上みたいだけど」
前半の威勢はよかったが、後半は尻すぼみして姉の後ろに隠れた。
ラーレは弟の頭を撫でながら、
「弟のカイです。まだ幼いので村にもあまり連れて行ってもらえないので、他人が珍しいんです、勘弁してあげてください」
急にカイが慌てた。
「そうだ、お姉ちゃん父さんが大変なんだ!」
「お父さんが?」
「死んじゃいそうなんだよ!」
「えっ、そんなまさか!?」
大柄な男が部屋に入ってきた。
「おいおい、まだ俺は死なないぞ。ちょっと銃弾が当たっただけだ。あと顔面も殴られた」
がたいも良く長身の男だが、顔は人なつっこい笑みを浮かべている。が、その片方の元は腫れて青あざになっている。さらに裸の上半身の腹には包帯が何重にも巻かれていた。少し包帯に血が滲んでいるのが伺える。
「だいじょうぶお父さん!?」
ラーレは慌てて心配そうな顔で、父の腕にすがりついた。
「だからちょっとした怪我だ。大したことない、軍人だったころに比べればかすり傷だ。それより、坊主目ぇ覚ましたみたいだな、どうだ調子は?」
顔を向けられた少年は無言だった。不愉快そうな顔だ。
代わりにラーレが説明する。
「名前も思い出せない記憶喪失みたいなの」
急に父親は少年に顔を近づけてきた。
作品名:魔導装甲アレン3-逆襲の紅き煌帝- 作家名:秋月あきら(秋月瑛)