蟷螂の斧
愚かな妄想であるのだろうが、俺はカマキリの話を擬人化して考えてしまう。
受精をしながら夫を食べてしまう妻は何を考えていたんだろう。
妻に食べられながら夫はどんな想いを抱いていたんだろう。
きっと、彼らは親としての責務を果たしていただけなんだ。そこには憎しみも苦しみも無い。
自分の身体が栄養となって妻の中の子を育んでいく。
それを想像しながら彼は無上のエクスタシーを感じていたのかも知れない。
だけど、俺は思うのだ。
なぜ、生きて妻と子を守っていこうとはしなかったのかと。獲物を狩るための立派なカマを持っているというのに。
もし、このまま家に帰ったら、麗子はどんな顔で俺を迎えるのか。
最後に見た涙をそのまま受け取ってはいけない。あれは去りゆく者へのはなむけなのだろうから。
もうすぐ妻が指定した場所に到着する。
聡明な彼女が立てた計画に従えば、きっと目的は滞りなく達成できるだろう。
踵を返すどころか立ち止まることもできないまま、俺は親の務めというものを必死に考えていた。