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蟷螂の斧

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今日の夕食はいつもより少しだけ豪勢だった。まあ、日頃がかなり質素だから普通レベルになっただけかも知れないけど。

 テーブルを挟んで食事をしている妻の麗子は結婚から五年経っても変わらぬ美しさを保っている。
 今はテーブルで隠れているが、唯一変わっているのが彼女のお腹だった。
 もうとっくに諦めていたのに、妻は妊娠したのだ。来週からは実家に帰ることになっていた。
 自分が父親になるなんて実感が湧かないが、それは現実であり、親としての責任が生じてくる。
 俺はそれを果たさなければいけないのだ。

「……カマキリってさ、交尾中にメスがオスを食べるって本当かな?」
「……」

 俺の言葉に彼女が美貌を少し歪ます。それは当然だ。食事時にする話題じゃない。

「そういうこともあるっていう話じゃない? 共食いは他の生き物だってあるだろうし」
「そうだね……ゴメン、食事中に変な話して」
「いいわよ。信治の言いたいことは分かるから」

 まっすぐに俺を見据える妻の視線に思わず顔を伏せてしまう。本当に馬鹿なことを言ってしまった。

 その後はほとんど会話もしないまま夕食が終わり、妻が食器を洗っている。
 しばらくテレビを眺めていた俺は予定の時間が近づいてきたことを確認すると、トイレに入った後に彼女の背中へと告げた。

「じゃあ、行ってくるよ」
「はい」

蛇口を止めた妻が玄関まで来て俺を見送ってくれる。

「いってらっしゃい」

 ドアを閉める瞬間に見た彼女は確かに涙を流していた。

作品名:蟷螂の斧 作家名:大橋零人