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 「さて、準備は整った。さあ、出てこい! 河童よ!」
 と、一声叫び友人はエサをまき始めた。
 「ネッシーじゃなかったのか?」
 さっきのようなことになりそうな恐怖はあったが、気になったのでつい聞いてしまう。だが、俺の言ったことなど聞いていないらしくエサをまき続けている。
しばらくは何も起きず、友人がまいたエサが空しく浮いている。少ししてふいに友人が真面目な調子で話しかけてきた。
 「なぁ、俺が高校のころUFOに連れ去られたことがあるって話、覚えてるか?」
 「ああ、あの話か」どうせ冗談だろうと思って適当に流したのを覚えている。
 「俺はあれからずっとあの話をした。だがお前も、みんなも、誰も信じちゃくれなかった。嘘だ、嘘だと言われる内に自分でも分からなくなった。俺は本当に連れ去られたのかってな。だけど、これは……」だんだんと声が小さくなり最後のほうは聞き取れなかった。
 今までに見ないほどに沈みこむ友人の姿は、もしかしたら本当だったのではないかと思わせるものがあった。池には相変わらず変化は無かったが、俺は彼にもう少し付き合ってやることにした。
そして三十分ほど経ち、もう帰るか、と声をかけようとした時だ。水面に何か白いものが浮かび上がってきた。俺は目を疑い、友人は息を飲んだ。しかし、出てきたものを見て拍子抜けすることとなる。やはり池にいたのは鯉だったのである。俺は気を使い慰めようと隣を見るが、彼は涙を流し笑っている。心配に思い彼の顔を見守る。
 「やっぱり俺は間違っていなかった! こんな生き物のいなさそうなとこに鯉がいた。それだけでも十分すぎるほどのミステリーじゃないか!」彼は号泣しながらさっきよりも派手にエサをばらまいていく。
 俺はなんともやりきれない気持ちでふと池のほうに目を移した。そこであることに気づいた。鯉の量が明らかに増えているのだ。増えていること自体はさほど不思議じゃないが、異常なのはいつのまにか鯉が池の三分の一ほどを埋め尽くしていたことだ。おかしい。さっきまで何かいた様子はなかったのに。俺は恐ろしくなり友人に声をかける。
 「おい。何か気味わりぃよ。もうもどろうぜ」
 「いや、まだだ。エサをまき終わってからだ」
 友人の手元にあるエサを見ると、あれだけまいたのに何故か量が変わっていない。俺は更なる恐怖を感じ、少しずつ後ずさりをする。
 そして池の半分を鯉が埋め尽くそうというときに、水面を打つ音がし、次いで友人の叫び声が聞こえた。目を向けると友人の腕に鯉が噛み付いている。
そこから先はあっという間で、俺が助ける間もなかった。次々と鯉が友人に飛びつき、一気に池に引きずり込んでいった。一瞬見えた友人の顔は笑っていたように見えたが、実際のところはどうだかわからない。
 池には再び何もいなくなり、俺はしばらく呆然と立ち尽くしていた。ようやく動けるようになり恐る恐る池を覗いてみると、先ほどと変わらす淀んだ水面が見えるだけだ。友人とあの大量の鯉はどこへ消えたのだろうか。
 ミステリー。なんとなくさっき友人が言っていた言葉を思い出した。そういえばなんで俺は無事だったんだろう。周りを見渡してみると、さっきのエサ箱が目に入った。看板には一個百円と書かれている。
 まさかな――。俺はさっき自分がした行動を思い返しすぐに打ち消した。実は俺も財布を忘れており、ポケットにたまたまあった五十円玉を入れたのだった。
作品名: 作家名:ト部泰史