Saying Parting Indirectly
ピ~ンポ~ン
呼び鈴のなんとなく間抜けな音がホテルの部屋の中に響く。
少しすると、いつもと同じくスーツ姿の彼が内側からドアを開けて俺を部屋に招いた。
中は広くて、中々いい部屋だ。寝室とリビングの2間続きなっていて、入るとすぐにリビングがある。
「とりあえず、コート脱いで座って。」
テーブルの上にはワインボトルとグラスが二つ。
場所は違えど、酔わせようという作戦は同じらしい。
二人がけのソファーに彼が座ったので、その隣に俺も腰掛ける。
「飲むかい?」
「いいの?」
返事をする代わりに彼はフっと微笑んで、俺のグラスにワインを注いだ。
その次に自分のグラスにもワインを注ごうとするのを見て、
「俺がやるよ。」
とワインボトルを半ば強引に彼の手から取る。
「ありがとう、でも私はホストである君じゃなくて、本当の君が見たい。」
まただ。この人は、口説き癖でもあるのだろうか?
本当なら俺が口説かなきゃいけないってのに。
「貴方の前だったらいつだって本当の俺だよ。」
そう言うと、彼はすべてお見通しだと言わんばかりに、嘘が上手だねといって笑った。
彼と話してるのはこっちがホストに接待されてるみたいで、最高にキモチよかった。
店でない分、センパイたちや店長の怖い目もないし、静かな空間で酒も入ってる。
「俺、酔ったかも。」
酒の強さには自身があった。俺は並大抵の酒の量じゃあ酔うことはない。
でも、こうでも言わないと、向こうだってベッドに誘うタイミングに困るだろ?
「じゃあ、私がベッドまで運んであげるよ。」
さっき『嘘が上手い』と笑って見せた目と同じ目で彼が笑った。
なぜだか、彼はなんでもお見通しだ。
ベッドの上で見る彼は、話していた時間とはずいぶん性格が違う。
話してる時間はあんなに穏やかなのに、ベッドの上では最高に激しい。
彼の指や舌にちょっと俺が反応するだけで、その場所をしばらく攻め続けてくる。
やらしさは満点で、俺に少しも余裕を与えない。
声をガマンしていようとしていたけど、しばらくすればそんな意識はどっかにいってしまって相当な声で喘いでいた。
ホストになりたての頃にセンパイから教えてもらった『抱く側を悦くする抱かれ方テク』も使う余裕なんてなかった。
仕事であることなんかとっくに忘れて、全て彼になされるがまま時間が過ぎた。
目が覚めたのは、もう完全に朝日が昇りきってしまった時間。
隣を見ても、彼はいなかった。
隣で誰かが動いて、物音をさせて起きない俺ではない。・・普段なら。
昨夜のアレで相当疲れたんだろう。
バカな客と違って、いきなり入れたりはしなかったから、痛みはないけれど、起き上がるのがダルい。
ベッド脇の机には万札が数枚とそれらを抑える重りの役割として、彼のネクタイピンが置かれていた。
ホテル代かと思ったら、もうチェックアウトも済んでいて、なんとなくその金を手持ち無沙汰に家へ帰った。
金は受け取る気にはならなかった。やらせてくれたからという理由では受け取る訳にはいかない。自分の意思であそこへ行って、キモチヨクしてもらったのは俺の方だからだ。
ネクタイピンはもし、また今度会えたら返そう。
今日の夜は店で仕事だ。・・かったるい。夜まで寝よう。
一週間空いたり、一ヶ月、間が空いたり、間隔はバラバラだったけれど、彼からの電話は鳴り続けた。
俺は一度も断らなかった。
金は返そうとしてもどうしても彼が受け取らなかったので、素直にもらう事にして、万札の重りとして置かれている小物は、次に会ったときに返した。
ネクタイピンだったりライターだったり、銀の携帯のストラップだったり。
次に会うときに返すのが、なんとなく暗黙の了解になっていた。
二度目からは、翌朝、彼と同時に目が覚めた。
でも、俺は彼が部屋を出るまで寝たふりを続ける。
俺と彼との時間は夜にしか存在し得ないものだから。
俺が起きれば、なんとなく気まずい時間ができてしまってお互い困るだけだ。
最後の朝も、彼と同時に目が覚めた。
けれど、やはり寝た振りを続ける。
彼はいつも起きると軽くシャワーを浴びに言って、服を着て、ベッド脇の机に金を置いて出て行く。
見なくても、音でわかる。
でも今日は、少し、微妙に違った。彼が服を着た後、まだ何か服を探している気がする。
少しして、携帯を開く音がした。
薄目を開けてみてみると、それは俺の携帯で、彼が何かいじっている。
しばらくして、彼が携帯を閉じて、俺の服に戻したのであわてて目を閉じた。
なんとなく、『あぁ、これで終わりなんだ』という予感がした。
多分、俺の携帯の中に入ってる彼の電話番号を消したんだろう。
そんなん消しても、11桁の数字くらいもう頭の中に入ってしまっているってのに。
「たくさん無理させて、ゴメンな。私にいままでつきあってくれてありがとう。」
眠ってる俺にそう声をかける。
無理なんかさせられてなかった。
俺は彼に呼び出されるのが楽しみだったし、ベッドの上でのことを言ってるんだとしても、無理をさせられた事はない。確かに、縛られた事も薬を使われたコトもあるけど・・でも、できるだけ体に負担が残らないようにはしてくれてた、と思う。
「さよなら。」
そう言ってうつぶせに寝ているオレの頬に最後のキスをくれた。
やっぱり、これで終わりなのか・・。
でも、俺に彼をとめる事は出来ない。彼だって、家ではよき夫、いや、もしかしたらもう父親なのかもしれない。指輪ははずしていても指の節くれでわからないほど鈍くはない。
そんなのは上っ面だけの理由だけど・・。
本当は・・俺は、臆病者だから。
ここで彼を引き止めて、『遊びだった』なんて軽く一言で済まされたくない。
醜く、罵られたくない。
このまま、綺麗な思い出のままで・・終わりにしたい。
それは彼も同じだったから、俺が起きてるのを知ってて何もいわなかったんだろう。
鋭い彼の事だから、俺が起きてるのに気がつかないはずはないんだ。
彼が部屋を出て行く音がする。
何よりも無機質で、色がない音。
目を開けると、ベッド脇の机が眼に入る。
その上には、数枚の万札しか置かれていなかった。
fin
お付き合いありがとうございました。
題名、訳すと「遠まわしなサヨナラ」です。
まあ、『次に会った時に返す万札の重りとしての小物』=『次に会う約束』
という意味で、万札しか置かれてなかったってことはもう会わないってコトなんで「遠まわしなサヨナラ」です。
解説が必要な小説ってどうなんだ;;