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一滴の海は辛く

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 クレイモア…。
 いつのまに…、と問うと、彼女が消える瞬間からだと言った。
 「君の考えることは判る! 僕だって、大切な人を失った。その時考えたことを思い出せばいい! 駄目だよ、駄目だ、紅玉」

 首をふるふると。必死にふって、止めるクレイモア。
 表情は、俯いていて、見上げる形の俺は見えるはずなのに見えない。
 辺りがぼんやりとしている。頬に伝う水が、暖かい。

 「彼女は、望んでいない。彼女が望んでいるのは、サファイアを育ててくれることだ。海から、生命を作ってくれることだ」
「そんなの、判らないじゃないか! 訊いたのか? あの人に訊いたのか? 違うだろ?」
「アースは! アースは、死んだとき、後を追ってくれとは、言わなかった! 皆と仲良くと、僕の今後を案じてくれた! 僕の成長を願った!」
「アース、アースって鬱陶しい! アースと彼女は、違うし、俺とあんたも違う!」
「似たような……もんだ!」

 一瞬何が起きたか判らなかった。
 でも、鈍く襲った痛みに、気がつく。飛んだ体に気づく。
 嗚呼、殴られたんだ。
 彼が殴るなんて、思いもよらなかった。
 そりゃ、強いのは知ってるけれど、あんまり友人とかに手をあげるイメージがない。

 「クレイモア…」
「君のつらさが判るのは、僕だけだろうし、僕のつらさが判るのは、君だけだろう!
でも、だからこそ、言わせて。
 彼女は望んでないし、君もそれをやったら駄目だ。君の役目は、地球の育成だ。それに、サファイアもなんだろ? その指輪がそこにあるってことは」
 睨むような、挑むような目に、対する目を俺は持ってない。俺は力が抜けて、震えた。
 自分の情けなさに、また泣いた。打ち震えた。何やってるんだ俺。何て、無神経な言葉を吐いてしまったんだ。感情にまかせると、ろくな事がない。
 遠い、もう彼女が居ない扉のほうを見遣りながら、俺は、呆然とする。
「……クレイモア。俺に、何を期待しているんだ、望んで居るんだ。俺は、俺は、ただの何も出来ない、人間だ」
「何も出来なくなんかない」
「何も出来なかった! 彼女を止められなかった!」
「でも、他は止めることもできた! 彼女を救ったのも君だし、来迦をプログラムに逆らわせたのも君だと聞いた!
そして、僕を悲しみのどん底から、すくい上げてくれたのも、君だ。
 人間だから。人間だから、いろんな事が出来るんじゃないか。神のしがらみに捕らわれることなく、色々思いつくんじゃないか。
 人間は嫌いだ。そうやって、すぐ自分の価値を捜す。
価値なんて、要らないんだよ。全員、無いよ、そんなの。
でも、必要性ならある。誰かが誰かを必要になるときがある、どんな人でも! 必要なんだよ、来迦も、僕も、海になった彼女も、この世界の君が!」

 ……クレイモア。
クレイモア、来迦、……俺の、海…。

 何もないと、思っていたんだ。でも気づけば大切な人だらけ。
 優しい人を知っている。厳しい人を知っている。嫌いな人を知っている。
 それを知った上で、この世界を愛してると言える。それに今気づいた。
 その世界の人が、俺を必要としてくれている。
 こんなに嬉しいことが、他にあるだろうか?

 俺は、涙をこぼす。嗚咽を漏らす。
 幽霊の涙の癖に、なんで、この液体は、地面に落ちても、すぐに消えないの?
 幽霊の声なら、もっとおどろおどろしくて怖くてもいいだろ?

 「俺は、俺は……サファイアなんて、サファイアなんて、大嫌いだ。
だけど、だけど、彼女が居るのなら、育てる。来迦も、あんたも、大事だ。だから、…行かない」
 そう言って、手の力を抜いた。
すると、クレイモアは、顔を上げ微笑みかけて、有難う、と言ってから、口をとがらせた。
 「僕にこんなこと言わせた代金は、高くつくからね?」
 彼のその口ぶりに、思わず笑ってしまった。

笑ってから、俺も有難う、と呟く。
その呟きは、今度こそ、彼の耳に。

*

 “で、紅玉から青玉になったんだ”
そう。青玉に戻っちゃったの。
俺一つ身で、二人も育てるんだぜ?大変だろ。
“うん、大変そう”
だからさ、いい加減さっさと、ミルクを飲んでくれないかな?
“駄目。サファイアにばっかり、構ってたから、もうちょっと青玉、独り占めするの”
……あんたは、本当、子供だなぁ!
そんなんだから、育たないんだよ!
“違うもん、地球はもう最高潮に成長したんだもん”

 くすくすと笑み付きなので、思わずつられて俺も笑ってしまった。
 そうしてると、クレイモアがどうしたの、と首をかしげて訊いてきた。
 おっと、地球との会話は、クレイモアには聞こえないんだっけ。地球が聞かせないから。
俺はなんでもない、と言ってから、アクアマリンの中の地球を、見つめる。
 そろそろ、いいだろ?
“しょうがないなぁ。じゃあ、次はまたゆっくりと話そうねパパ”
あんたみたいに、我が儘な子供持った覚えないよ、地球。

 火をつけて、水をかける。
水蒸気がしゅわしゅわと上り詰めるのを見遣ってから、濃厚な青の指輪の光を辿る。
その先には、サファイア。
 海が出来たからか、少し星が濃い青だ。
おお、陸も出来てるじゃん。
昨日まで無かったけど、今日出来たってことは、俺の苦労のお陰?
それ以外ないよな。

 何も持ってないと思ったんだ。
 俺はごく平凡の高校生で、ほかの奴らみたいに彼女とかはいなかったけれど、それでも普通の高校生。
 何にも、持ってないと思ったんだ。
 実際飛び抜けた才能なんてないし、それを持ってる友人に嫉妬したりしてたときもあった。
 でも、どうだ今では。
大事なものがありすぎて、手から溢れてこぼれそうだ。
 なんにも、もってなくったっていい。作っていけばいい。作れなかったとしても、その過程が、何かになるだろうから。

 何も持ってなくったって、得ることは出来る。
 受け皿は、いつでも受け付けている。

 必要じゃないものは、ない。
 少なくとも、俺の育てている二つの星に、要らない者は存在しない。


 ――ほら、うれし涙が覆う星が、俺の到来を待っている。
 なぁ、エピオラこれは、一滴で出来た涙?
 それだとしたら、薄情だと言うべきか、それとも泣きすぎだと言うべきか。

 俺にはそのうれし涙が、サファイアの涙にしか見えないよ。サファイアで見えないから。
 いつしか、この星に、生命を宿そう。
 クレイモアとアースみたいに、俺とお前で、生命を作って子供にしよう?

 なぁ、泣き女。


完。
作品名:一滴の海は辛く 作家名:かぎのえ