サヨナラ、ママ。
#11「お前も付き合わなければいい」。
生まれた時からずっと一緒に住んでいて、
変わらぬ愛情で包んでくれていた母方の祖母。
誰にでも優しく、誰にでも気遣う祖母は
みんな、みんなが大好きだった。
その祖母が死んでしまった、
もう12年前のお通夜の日のこと。
神戸在住の長男、近所に住んでいる次男、そして私。
久しぶりに兄弟が顔を合わせて飲んだ夜。
相変わらず自分の自慢話ばかりしかしない長男の話に
「うんうん」と聞きながら飲む次男と私。
そして話は、祖母のことになった。
「おばあちゃんもさー、よく生きたっていうか、
まあ、良かったんじゃないのー。大往生だったよなー」
酔って顔を赤くして、
上機嫌で笑いながら言い放つ長男。
むかついた。すごく、むかついた。
それは私だけじゃなく、次男もそうだった。
「兄貴は、おばあちゃんの死に際を見てないから、
そういうことが言えるんだよ。
日に日に弱っていくおばあちゃんを見てたら、
絶対にそんなことは言えないよ」
怒って次男が言うと
「あー、そうかー、そうかー」
そう言ってビールをグビグビ飲む長男。
やがて、その矛先は私に向けられる。
「おい、美奈子。明日、絶対に泣くなよな。
前にじいちゃんが死んだ時、お前があんまりにも泣くから、
みんながどれだけ迷惑したか。本当に、みんなすごく迷惑だった。
もう、あんなことはごめんだからな。絶対に泣くなよ」
祖父が死んだのは、私が3歳の頃で
もちろん当時の記憶もない。
祖母の死という悲しい夜だっただけに、
いつもは言わない自分の気持ちを
その時は伝えたくなってしまったんだ。
でも、感情的な兄を怒らせないように、
なるべく冷静に冷静に言った。
「お兄ちゃんさ、私だって傷つくんだよ。
そういうことを言われたら傷つくんだよ。
心がナイフで刺されたみたいに、傷つくんだよ」
「あー、そうかよっ! だったら、俺を刺せ! ほら刺せ!」
声を荒げて、怒りながら挑発的な言葉を吐く長男。
耐えられなかった。もう、耐えられなかった。
「あんたなんか刺して警察に捕まるなんて、
バカみたいなことしたくないっ!」
声を荒げて言い放った。
長男は激怒して、そこら中の食器を割り出した。
自分が飲んでいたビールジョッキを
テーブルに荒々しくガンッと置いて
長男の右手から、血が流出し出した。
「ほら、刺せ! 刺せよ!」
あらゆる食器を割りながら、
右手から血をだらだら、たらしながら
挑発的に繰り返し言う長男。
「あんたを刺して警察に捕まる方が、バカだって言ってるじゃんっ!
そんなことで人生を変えるほど、バカじゃないよっ!
あんたなんか、そんな価値もないよっ!」
自分の流血に気づいた長男。
「あー、血がっ! 血がっ! 止まらないよ、止まらないよ。
死んじゃうよ、死んじゃうよ」
「。。。だったら死ねよ」
慌てふためく長男に向かって、つぶやくように投げ捨てた言葉。
もう、私の中の限界は超えていた。
「いい加減にしろよっ!」
次男が私の頬を思いきりひっぱたいた。
「どうしようっ。血がっ!止まらないよ!
お母さんっ、お母さんっ」
母が慌てて兄を抱きしめ、二人は病院へ出かけて行った。
「何やってるんだ?」
外出していた父が戻り、食器が割れ、
部屋に血が飛び散っている惨状を見て言った。
次男が説明し、父と次男は私に言った。
「謝れ。そして、この部屋を片づけろ」
「悪いのは圭兄ちゃんと私の二人だよ。
圭兄ちゃんが謝らないなら、私も謝らない。
圭兄ちゃんが片づけないなら、私も片づけない」
そう言うと、ふたりは黙々と部屋を片づけだした。
「お父さんもお兄ちゃんも、片づないでよ。
この部屋を片づけるのは、私と圭兄ちゃんだよ。
圭兄ちゃんは、片づけの苦労をしたことがないから、
いつも平気で食器を割るんだよ。
だから、片づけないで」
無視された。そのままふたりは片づけ続けた。
しばらくして病院から帰宅した長男。
「あー、悪い、悪い」
父と次男に向かって、軽く言い放つと
ふたりが片づけているのを横目で見ながら
歯を磨いて、2階へあがり眠ってしまった。
私はずっと、次男に叩かれた右頬を押さえながら
イスに座ったままだった。
「親父、なんとかしてくれよ。
親父はいいかもしれないけど、
俺はこの二人と一生、付き合わなくちゃいけないんだからさー」
たまりかねた次男が父にそう言うと、
父は、片づけをしながらポツリと言った。
「お前も付き合わなければいい」。