自己責任の果て
地味な色の軽乗用車を私は細い路地へとすすめる
「今日の作業はこの奥にある家です」
私の言葉を通訳が視察団に耳打ちする。団といっても作業に同行したのは
二人だけだ。通訳の言葉に2人は黙ってうなずいた。
地図が示した場所にたっていたのは、お世辞にもきれいとは言えない小さい家だ。
私は車をおりながら舌打ちをする。あれだけ啓蒙したのにまだ理解できない人々に
抑えてはいても怒りが湧き上がる。
視察団の視線がなかったら、玄関脇の空の植木鉢くらい蹴飛ばしていたかもしれない
呼び鈴を鳴らすと、疲れたような顔をした中年の女が現れた。
私を見てのどの奥で悲鳴を上げる
「・・・・・・死神」
「法令124条により、貴方の御主人を消去いたします」
女はがくがくと震えたが、私は眉一つ動かさなかった。
「まって、あの人は病気なの。なおったら必ず働けるわ」
「それは存じております」
私は事務的に返答する。
「病気になる可能性は誰でもあります。だから、保険会社が各種保険を売り出しているのです
どうして御主人は保険に入っていなかったのですか?」
女はうつむいて小さな声でつぶやく
「・・・・・それは、家計が苦しくて」
「家計が苦しかったら仕事を増やすか転職したらよいのです。スキルアップの為の方法も
世の中にはたくさんあったでしょう」
「・・・・・・」
「ですが、あなたの御主人はそういう事をいっさいなさらず、病気になった。
貴方は看病のために仕事を減らさざるを得なかった。そのけっか、家賃が払えない。違いますか」
女は頷く。
「だけど、そういう時はお互いが助け合うもんじゃないんですか」
「助け合い?そんなものをしてなんになるんです?」
私の声に嫌悪の感情がこもった
「自分の水筒が空になったからといって、他人の水筒の水を欲しがってどうします。
結局他人すら乾きに苦しめることになるんです。だからこの国は一度傾きかけた。ちがいますか」
女は黙り込んだ
「自己責任が足りません。転ばぬ先の杖ということわざがあるでしょう。御主人はそれを怠った
それは罪なのです。テレビや新聞でさんざん言っているでしょう。」
私の言葉に女は深くうつむき、そして小さく頷いた
「消去に同意いただけましたら、ここに母いんをお願いします」
震える手で女は朱肉をつけた親指を、私が示した書類に押した。
「ありがとうございます」