私の弟ハチと
第一幕 ハチの癖
私、竹部奏子の弟である竹部八尋ことハチには、妙な癖がある。
地下鉄のホームで、歩きながら、自転車をこぐ最中に、それは急に始まる。
ハチはとにかく、その癖を私が「みっともないからやめろ」と幼少から続けて言っているのに対して
「やめようと、思ってるんだけど」と言ってやめたことはない。
「ハチ、やめなさい」
「……へ?」
入学式の翌日である高校までの道のりを歩く最中に、それを始めたハチに対して眉根を寄せた私の顔を見て、ハチが得意のへらっとした笑いを返してきた。
また無意識に癖が出ていた。
「あんた、やっぱ誰か探してるの」
ハチの癖は、とかく辺りを見渡し、人の顔を確認しようとするのだ。
そして、私が誰か探しているの、と聞くと必ず首を横に振る。
無意識に続けるというのがよほどタチが悪いことに気づいているんだか、いないんだか。
溜息をつく私を見て、ハチは頭をかきながら笑っている。
全く、姉を困らせて笑っていられるなんて、なんという弟なのだか。
「いや、気をつけてはいるんだけど」
「……わかったから、やめなさい」
言っている傍からまたやり始めそうなハチの首根っこを掴んで、下駄箱まで引っ張っていく。
高校になってまで姉弟で登校なんて、と思うかもしれないが、ハチはとにかく道を覚えるのが壊滅的に下手だ。
最低でも、ひと月は一緒に登校してやらなければいけない。
まるで飼い主と犬だ。
だから「やしろ」なんて立派な名前があっても、私に「ハチ」だとか呼ばれてしまうのだ。
そう心の中で微妙な悪態をつきながら階段を上る。
そうしているうち、すぐに私が声をかけて別れることになる。
「じゃぁね、ハチ」
「……んー」
ちくしょう、こいつ聞いちゃいない。
そんでもって、また癖が出てる。
私はそうして朝からイライラしながら、帰りに迎えに行かなければいけない弟のことを考えて残りの階段を上った。
「やーめーなさい」
「いてて……!」
地下鉄のホームでまた見渡すハチの耳を引っ張っていると、ハチの表情が一変したのに気付いた。
その顔をしたハチを私が見たのは、これまでに一度しかない。
父さんが事故にあった時、一回だ。
それくらいハチは真剣な顔を普段しない。
思わず、視線の先を見る。
「……知り合い?」
私の問いかけに返答はなく、そのままハチは固まっていた。