つくも神
「はあ、今日も残業。社会人って大変だ」
「ぼやかない、ぼやかない、夕飯おごってあげるから」
「え、ラッキー さすが課長」
あれから1年以上が過ぎた。
警備会社は何も言わず、バイト代の全額を払ってくれ
俺はそれをすべて酒につぎこんだ。
当時つきあっていた彼女にはあきれられ、ついでに振られたが
あの声を忘れるにはそれしかなかった。
夏が来て、秋が過ぎ、冬を迎えて、おれはだんだんと声のことを
忘れていった。
そして又春がめぐってきて、この都心の一等地のオフィスビルに
新社会人として再び戻ってきた時、俺の頭の中に声のことはなかった。
「ほら、早く電気消して。おいてくぞー」
「まってください、課長」
オフィスの電気を消すと、部屋は暗闇に沈んだ。
まるで水槽のようだ。と俺は思う。
・ ・・・・ふー・・・・・・・
おれの耳元で、深く長いため息が聞えた。
慌てて振り向くと誰もいない。
「ため息が聞えたら、気をつけるんだ」
唐突に蘇る 武井さんの声。
おれは足元がゆっくりと冷たくなるのを感じた。