砂の船
ダウンジャケットを羽織っていても、突き刺さってくるような寒さの中を
佐々木が地面だけを見つめて黙々と歩いていると、か細い女性の悲鳴が耳に飛び込んできた。
思わず顔を上げると、人垣の中から
「大丈夫、しっかりして」
とやはり悲鳴のような叫び声が聞こえる。
普段だったらそのまま通り過ぎてしまっただろう、だが、見覚えのある制服と
地面に転がるハッピーストアと印刷されたビニル袋から半ば飛び出た飲み物が、
佐々木の足を人垣の方に向けた。
はたして、人垣の中心にいたのは先ほどの女の子で、のどに両手をあてて
苦しそうに短い呼吸を繰り返している。
その肩に手を当てておろおろと同じ問いを繰り返しているのは、首から募金箱を
下げた中年の女性だ。おそらく女性の方も相当あわてているのだろう、指先が
力の入れ過ぎか真っ白になっていて、爪に塗られた紫のマニキュアが異様に鮮やかに見えた。
考えるより先に、佐々木の体は動いていた。
「これを口に当てて」
女の子に駆け寄って飲み物が入っていたビニル袋を差し出す。
「できる範囲でいいからゆっくり呼吸して」
二、三回ビニル袋が膨張と縮小を繰り返すと、女の子の呼吸が
徐々に落ち着いてきた。
「念のために救急車呼んでください」
「は、はい」
募金箱をぶら下げたまま女性が駆け出していく。
集まっていた野次馬たちは、これ以上のことが起こりそうにないと
わかると皆無言で立ち去っていき、それと入れ違うように
救急車のサイレンの音が遠くから聞こえてきた。
続く