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金星人の硝子

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 「あの天辺にいる鳩を退治しなきゃなんねえ」

 老人が言った。「糞の苦情が増えてどうしようもねえ」

 「遠藤ちゃんが辞めちゃったのもそのことで魔女に怒られたからっていうのもありそうだしねえ」

 誰かが言った。いやあ、と老人が言った。

 「でも立体駐車場にきてよお、帰るときにクルマに鳥の糞なんかついてたら、そりゃおこるよ。あのおばちゃんはそりゃきっつかったけど、それはもうしょうがねえよ。どこの仕事でも変なひとはいるんだから、それくらいで辞めてちゃあどこでもやっていけねえよ」

 「そりゃそうだけどさあ、なんか遠藤さんて運が悪かったよなあ」

 「そうそう、なぜか変なお客さんは皆遠藤ちゃんの立ってる入り口にいくんだよね」

 「べつに俺は適当にふりわけただけなんだけどなあ」と案内役の男が言った。

 「うーん、なんか、変なひとを呼び寄せちゃうようなタイプって、いるんだよねえ」

 誰かが言った。

 その日終業してから、老人が鳩退治用の道具をもってきた。棒、鳩が嫌うという妙な匂いのスプレーなどだ。

 「おう、いってこいや」とそれらの道具を渡されたのは僕だった。どうやって鳩のいる所まで上がるんです、ときくと「そりゃクルマと同じよ」と言われ、僕は塔の四番出入口の鉄のプレートの上に乗った。しっかりつかまってろよと言われてはいと返事をすると、お前は本当に発音が悪いなあと言われた。

 「あい、じゃなくてよ。はいだよ」

 はい、ともう一度言ってみたが、老人は首を振った。やはり僕の発音はおかしいらしい。がごんと音がするのと同時にプレートが大きく揺れた。塔の中をぐうんぐうんと上がっていくプレートに乗って、僕も上昇した。

 キリはこの塔でのアルバイトを辞めた。たぶんもう僕と顔をあわせたくないのだろう。キリは僕などよりなずなを思っているのだ。僕がキリよりなずなを選んだのと同じように。

 それにしてもキリがなずなと同じ顔をしていることに気がつかなかったなんて、自分でも信じられない。一体なにが起こったのだろう?僕はなずなの顔もキリの顔もきちんと覚えている。ただそれを同じものだとは思っていなかった。似ている系統だとぐらいは感じたことがあっただろうか?でも僕にはやはりそういうことが上手く思い出せなかった。

 多分僕はなずなのことばかりを考えすぎたのだ。自分の頭の中のなずなのことを思うのに夢中で、現実にいるなずなと同じ顔をした女の子のことをきちんと見ることができなくなっていたのだ。僕は自分の問題をそう結論付けた。本物のなずなが言ったように、なにもかもどうでもよかったというわけではないと思いたい。だって僕はこんなに彼女のことを考えている。彼女のことを想っている。恋について感じることもある。それがただ一瞬の、金星人のガラスであることを、僕はちゃんと知っている。

 このプレートに乗っていることは、四方の壁のないエレベーターに乗っているようなものだ。僕は胃が浮くような感じが気持ち悪い。遠くから耳鳴りの音が近付いてくる。きいいいいいんと、長くひびく。

 塔の天辺についた。プレートが動かなくなる。壁ぎわに一匹の鳩がいた。見渡すと壁の一角に四角い空気穴が空いていたから、たぶんそこから入って来たのだろう。鳩はじっと僕を見ていた。僕は割れるような耳鳴りの音以外はなにも聞こえず、何も考えず、ただ闇雲に棒を打ち振るって鳩を追い払おうとした。


 ーー 塔の天辺から鳩が飛び立った。
 

 酸欠による鈍い痛みが頭を覆っていた。僕はぼんやりと鳩の出ていった空気穴を見た。穴の形に切り取られた小さな夜空に、森の木々のように立ち並んだビル郡が少しだけ見えた。僕は目をこらし、その光景を鮮明な絵として徐々に自分の目にも意識にもくいこませた。ふいに、もうどうしようもないのだという考えがなずなの笑顔とともに浮かんだ。その笑顔はふたつに増えた。でももうだめなのだ。二人になろうが三人に増えようが、僕の手に入るなずなはひとりもいない。どうしようもないな、と僕は呟いてみた。塔の壁にぶつかりながら、僕の言葉は地上に落ちていった。その反響した声をきいてはじめて、僕は自分がたしかに「だうしようもないな」と発音していることに気がついた。

 

 

 
 

 
 
 
 
 

 
 
 

 

 
 

作品名:金星人の硝子 作家名:蜜虫