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世界地図屋さん

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「お父さん、ただいま」と、勢い良く扉を開けて元気な声でそう言った。
「ラウや、おかえり」店主も娘に負けないくらい元気な声で返した。ラウは、店主の一人娘だ。私がラウと出会うのは、こんな風に夕方まで店にくつろいでいる時だ。ラウは大体この時間に帰ってくる。いつもは朝の店を開ける前に学校へ行ってしまっているから、昼に会うことはあまりない。
 ラウは私を見るなり、笑顔で近付いてくる。子供は苦手だけど、ラウは私のことを優しく撫でるだけなので、ラウのことは好きだ。「今日も来てたんだ」と言いながら、私の頭から腰までさすりさすりと優しく撫でた。

 ラウは、地図に落書きをするのが大好きだ。部屋を覗くと、店で売らない分の余った地図を貰って、そこに懸命に何か描いていた。
「あ、ここまで来たんだ。こんばんは」ラウは私に気付くと、にっこりと笑顔を返した。私はとんと机に上る。ラウの広げた世界地図がよく見える。片手には黄緑色のクレヨンを持っていて、地図の大陸の部分の左半分が黄緑色で埋まっていた。
「きれいでしょ?」私の目を見つめて、ラウは言った。綺麗、なのだろうか。地図をもう一度見るけど、黄緑に塗ったくらいじゃ綺麗かどうかは分からなかった。鮮やかにはなったと思う。
 ラウはぎゅっとクレヨンを握り締めて、今度は右半分の大陸に色を塗り始めた。ぐっとクレヨンを力強く押さえ付けるように描くから、クレヨンの欠片がぼろぼろと散らばっていた。机がちいさく揺れて、欠片はころころと地図の上を転がっていた。
「緑がいっぱいあると幸せだよねー」ラウはそんなことを呟いた。緑があると、幸せなのだろうか。人間の言う緑は、草や木のことだということは私も知っている。確かに、草や木のあるところは涼しいから私も好きだ。そんなのが街中にあったら、私は幸せだと思う。
 大陸を全部塗り終えると、ラウは一仕事終えたように満足げな笑顔をして、そのままベッドに入って寝てしまった。おやすみなさい。ラウにそう鳴いて、私は部屋から出ていった。

 世界地図屋は、月に一回新しい地図が仕入れられるらしい。使い易くて良く売れるこの国を中心とした世界地図は勿論、他の国の、この街では珍しいような世界地図もある。
「実はな、店の外の壁にある世界地図も、北の国で仕入れたものなんだ」と店主がお客に自慢したことがある。良く見ると店の壁の世界地図は、四角い石のプレートで分けられるようになっていて、積み木のように組み立てるものだった。組み立て方によっては国の中心も変えられるし、どの国でも標準仕様に使えるものだと、店主は楽しげに自慢していた。
 でも、お高かったんでしょう。まあ、丁度看板にはなっとるわな。これくらい立派なもんがなければ、ワシの店は務まらんわい。店主はがははと笑い飛ばして、そう言った。店の裏の影に隠れていたラウが、眉を顰めて店主をじっと睨み付けているに、私は気が付いた。

「まあ、お父さんのやることだから別に良いけどね」夜になってラウと店主がテーブルの向かい合わせで夕食をとっている時に、ふとラウはそう言った。
「あの地図を置いたお陰で、店の売上も良くなったんだ。結果としては、買っておいて正解だったんだぞ」と父が返せば、ラウは口をもごもごとさせて、そして何も返さなかった。私は、あの世界地図が置かれる前の店を知らないから、その時はどういう商況だったのかは分からない。
 たまにだけど、私はこうして店主たちと一緒にご飯を食べる時がある。夜までずっとくつろいでいると、店主は私の分のご飯まで作ってくれる。店主にとって、私はもうこの家の子になっているのかもしれない。
「でもあの地図……本当にいくらしたの?」ラウがそう言うと、父は誤魔化すようにわははと笑った。がははではなく、いつもより少し控え目の笑い方だった。ラウは笑いごとじゃないよと若干怒り目に言って、一緒に笑うことはなかった。
 因みに昔、あの世界地図は偉そうな服を着たお客さんに、いくらで売ってくれるかとせがまれたことがあったらしい。だけど、店主はいっこうに売ろうとはしなかったそうだ。私の仲間から聞いた噂では、その時に出してきた金額も相当のものだったけど、店主は絶対に売らなかったらしい。

 世界地図屋は、普通の世界地図もあれば変わった地図もある。店の外の壁にあるあの大きな世界地図もそうだけど、他にもいくつかの変わった地図を持っている。その中には、店に出さないようなものもあるらしい。
 珍しいものを手に入れてご機嫌な店主は、ラウが帰ってくると早速店を閉じて、店の裏に引っ張っていった。私もそれに付いて行く。
 店の裏のリビングには、とても大きな四角いテーブルがある。食卓を並べるのもこのテーブルだけど、店主はこの上に、新しく入った世界地図を広げて眺めたりしている。十分大きいテーブルだから、どんなに大きな世界地図でも端っこからはみ出したりしない。
「どうしたの、お父さん?」
 父は、こっちを見てにっこりと自慢げに笑うだけだった。手には、丸められた地図を持っている。いつも見る地図よりも、とても長い。
「面白いものを見せてやろう」そう言って、持っていた地図をテーブルの上に置く。地図の端っこに重しを乗せて、くるくると回して広げていった。下からではテーブルの上が見えないので、私は椅子の上に飛び乗った。地図は、テーブルの隅から隅までを隠していた。
 とても大きなこと以外は、描いてあるのは他の世界地図と同じ模様の、何の変哲もない地図だった。確かにこの大きさには驚いたけど、大きいだけなら他にもいくつかある。
「これがどうしたの?」
 ラウはちょこんと首を傾げて聞いた。私も、ラウの動きを真似してちょこんと首を傾げた。
 父は扉を全部閉めて、次に窓のカーテンを全て閉めて、部屋の明かりのスイッチに指を掛けた。
 明かりが消えると、光の入る隙間のない部屋は完全に真っ暗になった。突然の暗闇で、少しだけ動揺しているラウがよく見えた。そして目が暗闇に慣れていくにつれ、テーブルの上がどんどん明るくなっていくのが分かった。
「うわあ」ラウは思わず声を漏らした。
 世界地図が、光っていた。ぼんやりとした感じで、大陸の位置を示して光が溢れている。固まって大きな光を放っている所もあれば、点々とした感じでちいさく、ぼんやりと光っている所もある。どうも、大陸の全体が光っているわけではないみたいだ。
「これはな、この世界地図を作った人たちが自分たちで様々な現地を訪れて、街の大きさ、村のある所を一つ一つ調べて、光で地図に表したものなんだ」店主は楽しげな声で説明した。ぼんやりとした光に照らされた店主の顔は、変に影が入っていて少し不気味に見えた。
「へえ、とってもきれいだね」ラウの表情には、笑顔が溢れていた。ぼんやりとした光に照らされたラウの顔は、神秘的で更に可愛く見えた。
 確かに、幻想的な感じでとても綺麗だ。夜空が晴れていて星がとても輝いていた夜を思い出した。確かにあれは、とても綺麗だった。今のこの世界地図も、それくらいに綺麗だ。ぼんやりとした光に照らされた私の顔は、どんな風に見えるだろうか。
作品名:世界地図屋さん 作家名:白川莉子