黒猫
ぼくが笑っていいンですよと重ねると、夫人はいくらか安堵したようだった。
ぼくは出されたお茶を飲み、早々にまた玄関に立った。夫人が先程のパナマ帽を渡してくれると、奥からたたっと出てきた黒猫が、すがるように足下にまといついて哀れっぽくニャア、ニャアと二度鳴いた。夫人はまあ浮気な子だこと、と笑ってそれを無理に抱き上げた。
「参ったな、どうも大分懐かれたようです」
「またいらして可愛がってあげて下さいまし、私もあまり構ってやれませんの」
「是非そうします。それじゃアまた」
ぼくが頭を下げて引き戸を開けると、黒猫はもう一度ニャアと鳴いた。それはちょっと桜井がぼくを「坂木」と呼ぶ時の声に似ていた。