Awtew.2 (e-r) 1
やっぱり動かない方がいいと自己判断。手で掴んだ梨を太ももにおいて、しばらくじっとする。
しかし、歩香の目線はスケッチブックから動かない。すごい集中力だ。
そして、十分後、歩香のペンが止まった。
「できました」そう言ってビリリとスケッチブックからその絵を切り取り、僕に渡す。
「ありがとう」
そう言い、僕はその絵を覗き込んだ。
――――あれ? これって、フェルトペンで書かれてるんだよな?
目の前にあったのは、まるで鉛筆で書かれたような陰影のある『線』で描かれた僕の顔だった。
そう、フェルトペンとは思えないほど、柔らかな陰影を表現する、線。
ありえない。不可能。それを可能としている矛盾の、線。
線、その線が僕を表現している。
そう、『梨を剥いている西倉夕』を。
さっき会ったばかりだというのに、歩香は僕を表現していた。
上手いという領域ではない。常軌を逸脱した、素人目でも芸術だと思わせる、芸術だった。
「――これ、本当にもらっていいの?」
「はい、こんなのしか描けませんけど、それでよいなら」
僕は必死で横に首を振る。もちろん、彼女の『こんなの』に対して。
「すごいよ、これ……」
そう言うのが精一杯だった。
「気に入ってもらえてよかった」
と歩香はまたニコリと笑い喜んでいた。
しかし、気になったことが一つ。
「でも、なんで梨を剥いているところ?」
あ、と歩香は口を詰まらせる。そして、少し小さな声で言った。
「持っている梨が、おいしそうだなって」
なるほど。
その後、僕が梨を剥いて歩香にあげたのは言うまでもない。
作品名:Awtew.2 (e-r) 1 作家名:犬ガオ