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体感温度

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CHILDREN



街を歩く親子連れを見て、不意に憂鬱になることがある。
ハルカと、将来の話をした。
彼はその男らしい顔の中の大きな目をキラキラさせて、子供が欲しいんだと言った。
子供と、自分と、パートナーの三人で、近所のスーパーマーケットへ行くのが夢らしい。
ささやかではあるが、自分たちには実現できるか危うい夢だ。
ハルカも、そのパートナーも男だから。
ユメコとハルカが将来の話をするとき、夫婦や結婚といった単語は出てこない。
お互いが有り得ないことと知っている。
自分たちのセクシャリティは初恋と共に揺らいで、マイノリティへと固まったのだ。
まさか、異性とホームドラマを演じることなど、万が一つも考えられない。
「アタシが産んだげようか。」
半分は本気で言うと、
「ユメちゃんなら、きっと子供は可愛いやろうね。」
と、ハルカは二度三度頷いた。
多分このまま進路が別れて、ハルカの子供を産むのは他の女の子になるだろう。
ただ、この世界に何一つ残さず消えていく自分が、ハルカのために、誰かのためになるのなら嬉しいと思った。
ハルカと自分の子供なら、結構な美形だ。
そう思って、可笑しくて小さく笑う。
「死ぬときまで一緒だったら、良いなァ。」
誰とは言わない。
カオルだという気はしていないけれど、カオルでも良い。
人生の、最終的なパートナーと最期まで寄り添えたら、とても素敵なことだと思う。
「そうやね。やっぱ、看取られたいなァ。」
「どっちでも良いかな。」
「まァね。」
「サンフランシスコ行かないと駄目かなァ。」
「結婚式?」
くすくすと、ハルカが首を竦めて笑う。
「アタシもウェディングドレスで、ハニィもそうなの。」
「なら、オレがスピーチするわ。そんでてんとう虫のサンバ歌う!」
「アメリカじゃ披露宴なんて多分しないよォ。」
廊下を、数人の女生徒が通り過ぎて。
二人で無意識に息を潜めた。
教室に二人残って話をしている自分たちは何に見えているだろう。
早々と結婚まで考えている、のぼせ上がった高校生カップルだろうか。
おかしいなァ。
とてもおかしい。
冗談だから、きっとこんなにもおかしい。
サンフランシスコになんて行く気はないし。
結婚式なんて、出席者になるつもりしかない。
一つ願っているのは、自分が死んだ後には遺産がパートナーに行くようになれば良いということくらいで。
そもそもこんなことを願う自分を、時々哀しく思う。
そもそもこんな願いが生まれる制度を、少し恨めしく思う。
社会的なパートナーとして認められたいという気持ちは、自分のセクシャリティに何の疑いも抱かずに生き、そして死んでいく人々には解らないのかもしれない。
「ハルちゃんはタキシードなの?」
「白いの?」
「そう、白いの。」
「オレ、オカマやないから、ドレスは着んわァ。」
「着れば良いのに。キモくて可愛いし。」
「キモいが余計やなァ。」
凄い、傷ついたかも。
おどけたハルカの口調に、二人して笑った。
子供を産むにしても、結婚式を挙げるにしても、一生独身でも。
いずれは父母に話さなくてはいけないなァとぼんやり思う。
母は薄々感づいているかもしれない。
父は、どうだろうか。
泣くだろうか、怒るだろうか。
許してくれるだろうか。
ユメコの家と住んでいる村は、古い。
場所も古いが人間も古く、女の子が生まれたら幼い頃から結婚の話や財産分与の話が持ち上がる。
孫の話だって勿論で。
それは彼らの常識では既に約束されたことなのだ。
女の子は別に勉強なんて出来なくて良い。
愛嬌があって、家のことが出来て。
適当な地元の企業に就職して、良い夫に巡り合えればそれで良い。
そう言って、今は亡き祖母や曾祖母はユメコの花嫁姿を楽しみにしていた。
結局、二人とも病気で他界したが。
それを見せてあげられなかったこと、その夢を否定し続けたことを、後悔している。
母も父も、ユメコのそういった姿を見ることはないだろう。
せめて、一人で生きていく孤独な姿を見せないことが、親孝行だろうか。
同性を選んだことを後悔はしていないが。
父母に、人並みな娘の幸福というものを見せてあげられないことだけが、悔やまれる。
「そうだ。」
「何?」
「偽装結婚しよっか?」
アタシとハニィとハルちゃんとそのハニィで暮らすの。
「名案やね。」
けど、オレにもハニィが出来てからまたプロポーズして。
なんだか、哀しい気分だ。
ハルカに向けて笑い顔を作ったら、涙が出るような気がして少し慌てた。
ハルカも同じような顔をして、ユメコを見ていた。

作品名:体感温度 作家名:はち子