体感温度
冬の日。
冬なんてキライ。
寒いことがキライ。
雪なんてちっともキレイじゃない。
ユメコやカオルの住む町は、北国ではないが雪国に属している。
当然のように降水量をグラフ化すると冬の方がにゅッと抜き出ているし、だからといって住人本人にはそういった自覚もない。
雪で降る所為だ。
親の世代が自分たちの年の頃には、二階の窓から出入りしなければならないほど大雪の年もあった、というのはこの土地の雪深さを語る大人たちから耳にタコが出来るほど聞く話だが。
ユメコが幼い頃には辛うじて白いカマクラが作れる程度。
最近では膝まで埋まることも珍しい。
温暖化の所為で雪は降らなくなった。
多分これからもっと降らなくなる。
感傷的なユメコの一部は寂しいと零し、けれど心の大半はその現実を歓迎している。
一つ年を取るにつれて不便さばかりが鼻につく。
ここ三年ほどは、雪遊びなんてしていない。
最後に弟と作ったカマクラは二日がかりで、三日目には燦々と降り注いだ陽光によって真中がぽっかりと凹んで。
知らないうちに溶けていた。
そんな子供の遊びを慕う心なんて、青春だ思春期だ大学受験だと圧し掛かってくる圧力に負けてしまった。
あの頃ほど自分ばかりを見ていられない。
あの頃ほど自分を信じていられない。
今のユメコにとって雪の日は、無粋な傘のシールドでカオルと隔たってしまう孤独の日だ。
ザクザクと雪を踏む。
カオルの深緑の傘。
黒のダッフルコートの背中。
狭く足元の悪い道では横に並ぶことも出来ずに、その背中ばかりを追って歩くことになる。
風が強くて、声を出しても届かない。
雪が降り積もる傘は、段々と重くなる。
雪の日は憂鬱だ。
カオルがいたって憂鬱。
寧ろカオルがいる分だけ憂鬱。
馬の前に吊るした人参みたいだと思う。
そもそもどうして、雪をキレイだなんて思うのだろう。
ドラマの中でヒロインは、都会に降る雪にはしゃぐけれど。
あのたった数センチで軟な交通機関は麻痺する筈だ。
脅威ではないのだろうか。
それとも雪は降る傍から消えて行って、茶色い雪を見ることはないのだろうか。
解らない。
声はどうせカオルに届かないから、答えも見つからない。
不満ばかりが澱んでしまって、憂鬱さは二倍増。
「……ユメ?」
ユメコの赤い傘の内側に、にゅっとカオルの頭が出現した。
「雪、止んだけど。」
促されて傘を頭の上から退けると、辛うじてといった風で雪は降っていなかった。
どうせなら雲も何処かへ行ってくれれば良い。
過ぎた憂鬱でひねてしまって、素直に喜べない。
シールドの撤去。
湿った空気は矢張り重たい。
知らない内に俯いてしまっている視界に、手が差し出される。
顔を上げてカオルを見ると、少し怒ったように眉を顰められた。
常になくぼんやりした自分の態度が腹立たしいのだろう。
別に怒らせたいんじゃないのに。
別に元気じゃないところを見せたいわけでもないのに。
ままならない。
泣きそうだと思う。
「寒いから。」
荷物を持ってない方の手を取られた。
ユメコは冷え性で、カオルだって冷え性で。
その上寒さに悴んで感覚すら曖昧で、カオルはユメコの手を引いて歩き出す。
振り返らないカオルの肩は緊張している。
寒いからなんて言葉が理由にならないことを、知っていて言ったのだろうか。
何だか凄く恥ずかしくなった。
ぎゅッと手を握ると。
ぎゅッぎゅッと握り返される。
お互いに湿気にふやけている冬の手の感覚に、憂鬱が溶解する。
少しだけ、大股に歩み寄って、触れるギリギリまで肩を寄せた。
「カオルちゃん、お腹空いた。」
「コンビニ?」
「今日はチンジャオロースまんにチャレンジの日ね。」
「ユメが買うんなら良いよ。」
今だけ特別サービス。
半分までなら冬へのキライを撤回しても良い。