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満月ロード

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 聞いてどうする。
 そう思ったが、このエピソードをどこかで聞いた気がする。しかし、何処で聞いたのかも、本当にこれだったのかもあまり思いだせないのだが、少なくとも似たような内容を知っている。
 魔物に襲われた子供。
 それを追い払うことができた。
 尚且つ安全なところまで送っていく。
 ときどき様子を見に…。
 見に? しかし、ルーフォンが言うには、見かけた。と言っている。

「名前か? 忘れはしない。ヴィンスという名だ」
「…ヴィンス…」
 
 思いだした。
 一時期、子供の姿をして人間の土地で過ごしたことがあると言っていて、興味がわいた俺は、よく人間の土地であったことを、庭の手入れの休憩中、ヴィンスに聞いていた。
 その中の一つに、珍しく楽しげに話す内容があった。それがこれだった。
 怖いくせに、逃げようともしないで、ただ立ち尽くしている子供がいた。それを助けてやって、安全なところに送って行った。そのあとは、こっそり様子を見に行ったり、話し相手になってやったりしていた。と。
 その立ちつくしている子供が、ルーフォンだったのだろう。

「んー…なに? 寝ないんですか…?」
 
 声に気付いたのか、もぞもぞとアマシュリの寝袋が動き、顔がもそっと出てきた。

「あぁっ起こしたか?」
「まー。っていうか、ヴィンスがどうかしましたか?」
「…ヴィンスを知っているのか」
「…あ」
 
 丁度ヴィンスという単語が聞こえていたのだろう。内容まではわからなくて、つい知り合いのような言い方をしてしまった。
 魔物だということがばれていたとしても、ヴィンスが魔物だということ自体、ルーフォンは知らないだろう。

「アマシュリが、旅をしているときによく会ってたんだよな。アマシュリから聞いてて、耳に残ってたんだ」
「お前も…ヴィンスと会っていたのか」
「あぁ。本当時々だったけど…」
 
 適当な嘘に、アマシュリも不自然なく乗ってきた。
 しかし、魔物に助けられたとルーフォンが知ったら、どうするのだろうか。一見魔物だとわかる魔物と、人間と見た目が変わらない者がいる。城にいるものはほとんど人間と見た目があまり変わらない者たちばかりだ。
 助けられていて、慕っているのであれば、別に魔物だろうが良いだろう。逆に、ヴィンスも魔物だと伝え、魔物すべてが悪いやつばかりというわけではないことを、味わわせてみるのもいいかもしれない。

「ルーは魔物か人間かわかるか?」
「一目見て魔物だとわかる容姿のやつ以外はわからん。アマシュリみたいなのは気づけない」
 
 ということは、ヴィンスを見ても、魔物だと言われない限り、人間だと思い続けるつもりなのだろう。
 だったら…。

「じゃあ、ヴィンスが魔物だったらどうするさ?」
「…別に。ヴィンスは命の恩人だ。どういう状況かは知らないが、アマシュリでいうお前のような存在に当たる。恨んだりはしない」
「そう」
「じゃあ僕の口から言わせてもらうよ? ヴィンスは魔物だよ」
「…そうか」
 
 一言だけ。
 そのたった一言だけでも、ほんの少しは傷ついているのがわかる。嫌っていた魔物に助けられた。あまり喜ばしいことには感じられない。ただ、俺としては、仲が悪くなるよりは、停滞。もしくは良くなるほうがいいに決まっている。
 何か思いついたのか、近くにあった自分の荷物から、ある輝く物を取り出した。
 ガラスのような、宝石のような石が付いているネックレスだ。それを今にでも寝てしまいそうなアマシュリの首にかけてやる。

「礼だ」
「なんの?」
「ヴィンスの話。不思議だと思っていたんだ。小さい子供が、魔物を追い払えるはずがないと、心のどこかではわかっていて、どこかでこの人も魔物なんじゃないかとは思ってた。でも、人間だって信じていたかった。現実を見せてくれた礼だ。それは魔術や魔法の威力を増大する宝石が入ってる。少しは役に立つだろう」
「いいのか?」
「よくないなら渡さない」
「ありがとう」
 
 冷たいやつだと思っていたからこそ、こういうほんの小さな優しさがうれしくなる。照れたのか、ルーフォンのほうを見るのをやめ、再度寝袋の中に潜り込むアマシュリ。
 少し赤く染まった頬を、アマシュリでみられるとは思わなかった。そういうのも、冷たくかわしそうな気がしていたから。

「ん? まてよ」
「なんだ」
「宝石が何だって?」
「入ってる」
「そうじゃなくて、その宝石はどんな役割してるんだって聞いてんの」
「魔術や魔法の威力が増すって…もしかして知らなかったのか?」
「はじめて知った…。アマシュリにだけずるい!」
「わかったわかった。次の街で選ぶの手伝ってやるよ」
「約束だぞ!」

 
作品名:満月ロード 作家名:琴哉