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モノガミものぽらいず

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「おやぁ? アンタどないしてん?」
 講義が終わって大学構内を歩いていると、不意に、コテコテの関西弁で話しかけてくるムスメがいた。
 振り向くと、そこには白衣姿でネコっぽい雰囲気の眼鏡っ娘が、ニヤつきながら立っている。
 台善寺雀(たいぜんじ すずめ)。若干十二歳でこの大学の『教授』をやっている、オレの父方の従妹だ。何本か『キレすぎた』感性を持ってるから、身内でありながら、あまり関わりたくないヤツでもある。専門は量子物理学だそうだ。来年あたりには、博士にまでなりそうだとかなんとか。博士号も持ってないコムスメを教授として雇うとか、どんだけなんだよこの大学は?
 ――コイツの助手んなるヤツ、絶対命がけだぞ――
「なんだ小娘。オレは忙しいんだ、お前に構ってるヒマなぞない」
「いけずやな〜。独身貴族一直線のアンタが、おもろそうなもんもっとるさかい、なんやろな〜? 思ただけやん? んで、何なん? それ」
 雀が指差したのは、オレが手に持っていた例の封筒だ。つか、独身貴族一直線だと? ふざけやがって。オマエにだけは言われたくないっつーの。
 だが、そこでキレるのも大人気ない。オレは一瞬で気を落ち着けると、持っていた手紙を差し出した。
「こんなもんだ。どうだ? つまらんだろ?」
 宛名もまだ見てないのに、つまらんも何もないもんだと思う。ひょっとすると、とんでもなく面白いもんかもしれないのに。まぁ、あり得ないとは思うけどな。
 ところが――
「……ほうほう。これ女の子の字やな。アンタもスミに置けへんな〜?」
 ……はぁ?
「ちょっと貸せ」
 オレは手紙をひったくる。
 だが、
 ――コ、コイツ……
 そこにオレの名前はなかった。というか、名前どころか、何も書かれてはいなかった。
 いやいや落ち着け。コイツはそういうヤツだろ? からかってんだよ、このオレを。
 怒りを抑える傍らで、今度は雀が不機嫌になる。
「えーとこで寸止めかいな。えーから貸しぃなっ!」
 今度は雀がひったくり、更に、
「ぐはっ! オマエってヤツはああぁぁぁ!」
 一瞬にして、封筒を破いて中の手紙を取り出していた。
 ありえねぇ。このデリカシーの無さ。コイツ絶対♀じゃねぇ。
「大の男がギャーギャー騒ぐなっちゅーねん!」
 まさに傍若無人。雀はオレの手から巧みに逃れながら、手紙に目を通していく。そして――
「……あかん」
 その言葉の後、無言になってしまった。
 その隙に、オレは手紙を取り返す。ところが、だ。
「……うん、確かにいかんなぁ」
 ため息と共に、そんな言葉が出た。
 ――ったく、どこのどいつだよ、んなイタズラすんのはよ――
「なんにも書かれてないからなぁ」
 どっと疲れが出てきた。今日はもう、帰って寝よう。司法試験の勉強も、今日は休む。そう思った時――
「はぁ? アンタ、本気で言ぅとんの?」
 呆れ声と、それ以上に呆れた顔が俺を見据える。と同時に、雀はオレの手を取ると、どこかに歩き始めた。
「引っ張んなコラッ! どこ連れてく気だ!?」
「やかましぃわボケ! ウチのラボに決まってるやんか! ったく、どこのどいつやねん! ウチやのうて、こないな弁護士ヒヨコにこないなおもろいもん渡したんは!」
 ――ダメだ――
 雀の中で、何かスイッチが入った様子だ。こうなると、コイツはある意味無敵。誰の声も耳には入らない。
 ――しかしな――
 腕を引かれながら、俺の胸中は疑問で満たされていた。どうも、雀には何かが見えているらしい。それが何かは分からないが、普段からコイツは、「この世の全ては量子力学で解明できんねん!」とか抜かしてるヤツだ。オレに見えない何かが見えたとしても不思議ではない。あるいはコイツなら、昨夜の現象も解明してしまうのかも。
 と、そんな淡い何かの期待を持ってしまったオレは、五分後に後悔する事となった。
 ラボに到着した雀は教え子たちを呼び、俺を含めて手紙に関する『個人差』を調べると、「コヒーレンス」がどうのこうの、「平行宇宙」がどうしたこうした、手作りの「量子コンピュータ」自慢など、ワケワカンナイ専門用語でオレを苦しめぬいた挙句、早速オレにとある機械を作ってくれた。
 サングラス型手紙翻訳機。名付けて『ヨミステールくん』だそうだ。相変わらずのネーミングセンスだが、手紙読み捨てるのはどうかと思うぞ?
「ま、今日のところは帰りぃな。ウチも、定期的に面倒見たるさかい」
 ニヤリ、と意味ありげに笑うと、雀は小さく手を振ってみせる。そして、
「美味しいゴハンの用意もしてあるやろうしな〜」
 そんな事を言った。
 ――なに言ってやがんだ? まぁ、確かに二、三日は食材買わなくてもいいけどな――
 オレはふと思い出した。ばっちゃんが送ってくれた野菜と、それから――
「……どうすっかな、アイツ」
 呟くと、オレは自宅に向かう事にした。