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ひとりかくれんぼ/完結

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5月28日 04:48(金)




 ぞわっと鳥肌が立つ。一瞬だった。何かが冷たいものが体を駆け抜ける気がした。吐き気がする。クローゼットの外で待つ、鬼。隔てたのはたった一枚の板。恐怖、あの長瀬だったものが頭の中によぎった。それでも目の前には妹、守らなければならない、守りたい、その一心だった。続け様に、大きく声を張り上げる。

「いーち!」

 カウントを鬼が自ら取るのかわからない、でも時間が欲しい。自らカウントを出しながら、手を動かす。これがアウトだったら、笑えるけれど。

「にーい!」

 コンコン、とそこら中を叩く音が消えている。しめた、思いながら、一升瓶の蓋をあけた。

「さーん!」

 なるべく言葉を伸ばして、時間稼ぎをする。大きな声で言う。万が一の時、今井にも聞こえるようにだ。

「しーい!」

 一升瓶の中の塩水を妹の頭からかけた。

「ごーお!」

 手足からつま先まで万弁なく。そこらに適当にしまわれていた小さなハンカチを破いて、それに塩水を含ませた。

「ろーく!」

 塩水を含ませたハンカチをななみの口に無理やり突っ込んだ。どれほどの効果があるかは、期待できないが。

「なーな!」

 口を閉じさせて、あとは時間を待つ。俺の声だけが響く、無音。しんと静まり返った部屋が、帰って恐怖を煽った。

「はーち!」

 言葉が震えている。音がしない分、自分の心臓の音が鮮明に聞こえる。うまくいく、だろうか。

「きゅーう!」

 成功したって、もしかしたら、長瀬が…頭を重苦しく過る問答。だけど、だけど…ななみを見た。苦しげに眉根を寄せている。駄目な奴だ、本当に。
 俺どころか、人様まで巻き込みやがって、嘘ついて。それでも、

「じゅーう!」

 たった一人の妹だから。
 俺が守ってやるからな。

 一際大きく、俺は叫んだ。


「もーう、いーよ!」


 瞬間だった。


 ベチン、ペチン、カタン…
 コンッ、ベチン…ガタッ…

 
 トン…とさっきまで鳴っていた音は、不規則で、何かもっと生々しい音に変わった。何を打ってる?どこらへんにいるんだ?
 音を聞いて、大体の位置を把握しようも、音がでかい。


 コン…ベチッ、トン…
 ガシャっ、ベチ…


 何を叩いてる?何で叩いている?まったくわからない。
 が、臆している時間もない。タイムリミットも、近い。時間切れは神隠し、暗い暗い闇の中へ葬り去られる訳にはいかない。生唾をゴクリと飲んで、そうして、一升瓶に口をつけ、塩水を口に含んだ。残り少なかった一升瓶の中の塩水を、すべて口に含み、空になった瓶をななみの隣に置いた。最後の塩水は、塩がそこにたまっており、信じられないくらい塩辛く、思わず噴き出しそうになつところをぐっとこらえた。
 強制終了、させるしかない。

(なな、兄ちゃん、行ってくっかんな)

 塩水を口に含んだまま、ななの長い髪を撫でた。
 最悪、死ぬかもしれない。けど、しない後悔より、する後悔だ。

 そっと膝立ちになり、クローゼットを静かに開けた。
 思わず、口を押さえた。黒い黒い塊は、窓際にいた。淡い街灯の光を受け、グロテスクに光り、辛うじて丸いと言えるような歪な黒い塊から長い腕を2本生やし、それでそこら中を叩いているのだ。叩いている、というより、打ちつけている。ダランと垂れ下がった右腕で、ベチンベチンとそこら中を叩き周り、もう一つの腕と手で、床をはいずる。重そうなその黒図体を引きずって、

 ベチン、ペチン、カタン…
 コンッ、ベチン…ガタッ…

 引きずって、俺を探している。
 しかし、時間もない。俺は声をあげてしまわないように、口を手で押さえたままそっとクローゼットから出た。

 コン…ベチッ、トン…
 ガシャっ、ベチ…べちっ…

 黒い塊に、十分注意をしながら、人形を探しに廊下に出た。
 最初に探しに出た時は、風呂場にいなかった。すると、他の場所か。めぼしい場所は、どこだ。そんなのわかるわけないよな…地道に、声あげないように、探し…


(…あった)


 しかし、思いの他、人形は単純なところにあった。
 クローゼットを出て、すぐ左にある、短い廊下。風呂場の前。そこに置いてあった。心臓がドキリと鳴った。驚きに?嬉しさに?それともこの、簡単に見つかってしまう場所にあったことへの恐怖?
 ため息をつきたいような感覚に駆られたが、口の中には塩水。これを吹きだしたら一瞬にして終わりだ。

 カタっ、ベチッ!…カラン…
 ペチ、ペチ、バチッ…

 窓際を這いずる黒い塊を見た。が、やはりこちらには見えていないようだった。
 人形に駆け寄って、今すぐに終わらせてしまいたい!が、不用意に大きな物音を立てるのも憚られる気がして、鼻で大きく息を吸い、出す。ゆっくりとその人形に近づく。

 カン、カン、たんっ…
 ベチッ…ぺちん…

 背後に不気味に聞こえる音を感じながら、人形に近づく。人形は水にぬれて、その周辺には小さな水たまりができている。その水の上に、人形に巻かれた赤い糸の端が浮かび、ゆらゆらと微かに揺れていた。


[終わり方]
1 塩水を半分口にふくみ、隠れてる場所から出て、ぬいぐるみを探す(途中で塩水吐かないよう注意)
2 ぬいぐるみを見つけたら、残りの塩水をぬいぐるみにかけて、口の中の塩水も吹き掛ける
3 『私の勝ち』と3回言う


 頭の中で、終わり方を確認した。
 ぬいぐるみを見つけた。塩水の残りはなし。だから、口に入れた塩水を吹きかけて、俺の勝ちって、3回言えば…言えば、終わりだ!

 しかし、その時だった。


 カタッ…カタン…!

 
 さっきとはもっと近いところで音がした。気付かれたかと、反射的に後ろを振り返ると、そこには。


(あ…)


 クローゼットのドアが開いていた。

 なんで、なんで、なんで。そこから、そこのところから、ななが、ななみが顔を、出している。不安げな目で俺を、俺を、見て、そのななの後ろに、ななみは気づいてない、立っている、人が、黒い人が、女が立って、立って、ななを、ななが…

 叫んでいた。


「ななみ!」


 叫ぶと同時に、口から塩水が噴き出た。その瞬間、ななを見ていた黒い女が、女がすごいスピードで俺のところ、俺のところへ、来…て…


「うわああああああ!」


 女が俺の前で大きく何かを振り上げた。一瞬、恐怖で腰が抜けて、尻もちをついて、そうして、その時に、光の加減でその何かが見えたのだ。


 包丁。


 反射的に腹をかばおうとして、背を向けた。その背に強い痛みが走った。


「あああああああああ!」


 痛い、痛い痛い痛い!想像を絶する痛み。生温かい血が、背中から腰、腰から腹へ、腹へ、床に、水たまりへ、その水たまりに突っ伏した。目の前には、人形の足。赤い、赤い糸が揺れて、


 後ろからはななの叫び声。そして、それと違う声が、うめくような声が聞こえる。


ぃ…いいいぃい…ざっ、ああか…ア