五月鎌倉散策日和
ふと、そうかもしれないと言う考えがすっと心に落ちてきた。恋のない世界はどんなものだろう。幼い時はどこまで感情を突き詰めても友情の枠から出ない世界が、在った。けれどもう何処にも見つからない。どの道を進んでも、いつだってもう恋が待ち受けてる。だけど最近は、こんなものかとため息をつく終幕ばかり。でも昔なんて思い出せないから。だからきっとまた恋をする。また傷ついて一人で泣いて、五月と出かけて笑って、もう一度恋をするんだ。ずっと。五月がいるから。きっと。
「五月、こんど失恋旅行じゃなくて私たちでデートしよう。」
「いいね、京都行こうよ!一人旅でしか京都行ったことないからさ!」
京都。その地名に日和は目を見開いた。息を飲む、心臓が煩い、すごく、嬉しい。そこは五月の聖地、歴史上の逢瀬のために一人訪ねる場所。でもそのテリトリーに五月は日和を引き入れた。いつも手を引っ張っていくように。招かれた日和は素知らぬ振りをして、心地よい距離感を少しずつ近づけていけばいい。声に出さず得意げに笑ってから、日和は茶化して五月を小突いた。
「…今度は誰に会いに行くの?」
「今日は義経だったし、清水寺の弁慶にしよっかなぁ。」
脳内地図でルート検索を始めた五月を今度は日和が引っ張って大石段を駆け上る。ヒールだってかまうものか、引っ掴んだ右手がぎゅっと握り返され二人並んで駆け上がった。
「ひーちゃん!お守り買おう!」
からんと五円玉を投げ入れて息を切らしたまま拍手(かしわで)を打つ日和の横で、一円玉を五枚じゃらじゃら入れて満足した五月がこちらもぜぇぜぇしながら見ている。良いとも悪いとも言ってないのに振り返って眼が合った途端、結局神頼みも出来ないまま五月に腕を引っ掴まれた。
「何のお守り買うの?」
「ひーちゃんへのプレゼント。」
はい、失恋旅行にはこれだよね。五月が、勝手に選んだお守りを日和の手のひらに乗せる。ありがとう。照れた日和の目元が朱に染まった。お守りは恋愛成就の燃える赤紫。鶴の刺繍を指でなぞり、しばらく手のひらを眺めていた日和が呟く。
「五月、つばきもゆだ。」
「ん、ひーちゃん?何か言った?」
がらがらとおみくじを振りまわすことに夢中になっていた相方には、何も聞こえていない。五月が引き当てたくじは一五番、末吉だった。気にもせず、ぐちゃぐちゃと財布にくじを突っ込んでいる。結んで帰らないのかと言おうと思って、やめた。
「…若宮大路ついたら、紫芋ソフトおごってあげる。」
「ありがとう。」
あれ、おいしいんだよ。食べたことあるの?ない。五月の左手を日和が握って、今度はゆっくりと少女達は大石段を下りて行く。見下ろす鎌倉の町並みは青空と海に挟まれている。大銀杏を揺らす風が、さらさらと日和の髪を吹き抜けて、ふわりと五月のスカートを膨らませていた。