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秘密は秘密のままに

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 煙草を胸ポケットにしまって、全館禁煙の本社ビルを恨めしげに見上げた。午後の光が壁面にあたってキラキラと光っている。オフィスビルとしての高機能を持ちながら、さりげない芸術性が感じられる外観の社屋は、社内コンペの結果採用された、呉羽の設計によるものだと聞く。
「ヘビースモーカーのくせして、豪華喫煙ルームくらい作っておけよ」
 上川は見上げたまま、独りごちた。




 午後九時を回った玄関ホールは、まだ人が行き来していた。残業は奨励されていないし、コスト・カットの折、費やした時間全てが給料に反映されるわけではなかったが、毎日を定時で帰ることが出来ない社員が大半だった。上川もその一人だ。
 エレベーターを降りると、上川は喫煙場所に向かった。内外の温度差で眼鏡が白く曇った。春とは言え、夜はまだ冷える。先に着いた呉羽が、コートの襟を立てて煙草を吸っていた。
「すまん、待ったか?」
「いや」
 呉羽は携帯灰皿の中に吸いかけの煙草を突っ込み、それを合図に二人は歩き始めた。
 二人きりで飲みに行くのは学生時代以来で、二十年は経っているだろう。当時は周りも認める親友同士だったが、卒業してからは一度も会うことはなかった。お互いの結婚式にさえ、出席していない。
 計らずも会社が合併し、新規のプロジェクトに営業と設計の立場で参加することに決まってからも、そう言う機会を持たなかった。部署も違うし、『畑』も違う。会議で顔を合わせることはあっても、終わればそれぞれのテリトリーに戻って行った。二人が担当している足掛け三年の大型プロジェクトでも、居合わせることは稀だった。設計の総責任者ながら呉羽は現場が好きで、急ぎの図面がないかぎり席にいることは珍しかった。一方のプロジェクト開発推進本部に身を置く上川は、デスク・ワークと外部折衝案に忙殺され、こちらは机に縛り付けられている。かつての親友同士、同じ会社、同じプロジェクトの担当――実は二十年近くもまともに言葉を交わしていないなど、学生時代の二人を知る者なら、さぞ意外に思うだろう。
「こんな時間か、近場でいいか?」
 呉羽は上川の左手首をヒョイと掴んで腕時計を見た。
「スーツでも相変わらず時計、しないのか?」
 両手を自在に使う呉羽は、邪魔になるからと腕時計はしなかった。学生の頃は上川の左手で時間を確認していたのだが、今も変わっていない。
作品名:秘密は秘密のままに 作家名:紙森けい