漆黒のヴァルキュリア
第四章 女神達の黄昏 6
水牢の中で、ムニンを頭に乗せたエナの髪色が、漆黒へと塗り変わっていく。
「……そう。エナ……ゴメン。確かにボク、切支丹だからヴァルキュリアにはなれないけど……でも、エナの事否定する気はないよ。ボク、エナのコト好きだからね!」
水牢の中で、エナ――恵那は立ち上がった。
「ここから出してくれない? ボクも、さっさと帰りたいんだよね。響七郎の事が心配だから」
臆する事無く、真正面から対峙する恵那に、女神ハラフワティーは一瞬唖然とした。
が、その貌が、すぐに苦笑に変わる。
「まったく、そういうコトかいな。フレイヤはんも、冗談キツいわ。……しかし、せやったら、尚更ほっとけへんなぁ。フレイヤはんも、こうなるコト予想してたやろうになぁ……ま、騙されたフリして、遊びに付き合ぅたるか」
そう言って、女神が愉快気に微笑った直後。
女神の笑みが掻き消えた。
刹那、女神の身体が後方に跳び、その鼻先を斬撃が掠めていく。
「って! なんで牢から出とんねん!」
「ボク、無視されるのキライなんだよね。それに、キミ、どうしてボクがヴァルホルに送られたのか知ってるんでしょ? ……経緯、教えてくれるよね?」
言って、恵那は笑顔に威圧を乗せ、上段に構えた。
「ちょ、『キミ』て……まぁええわ。アンタにも一敗しとったしなぁ……大人しゅうなったら教えたる!」
女神のセリフと同時に、超高速・超高圧の水流が恵那を襲う。それはまるで、エナの雷撃と同質の速さで。
が――
恵那の刀が振るわれる度に生まれる真空。その巨大な盾が、水流の勢いを殺していく。
強く、
荒々しく、
それでいて洗練された太刀筋。
しかし、荒々しく力強いのは女神の放つ一撃も同じこと。
両者の力は拮抗していた。
「いやああああ〜〜〜〜っ!」
攻撃の狭間に投げ込まれ、ムニンが必死に逃げ回る。
「来たれ水竜の王!」
「奇神一刀流奥義! 崩山剣!」
強大な水圧を誇る女神の一撃と――
山をも崩す、恵那の奥義。
女神が放った水の竜は――
しかし、次の瞬間に飛散霧消した。
だが――
「しまった」
そんな声を発したのは、恵那の方だった。
究極とも言える、恵那の秘奥義。全身の筋力全てを使い、その力を最大限一点に集中するその技は、『後のない一撃』に他ならない。
次の攻撃を繰り出すどころか、防御すらもままならないほど崩れた姿勢で――
「ほんま、アンタ賞賛に値するわ。でも――」
女神は、恵那に向けて、琵琶を奏でた。
万物を砕く強力な衝撃波を――
恵那はまともに喰らった。
胸当てが砕け、兜までが弾け飛ぶ。
恵那の身は、衝撃波のエネルギーを吸収し、数百メートルの距離を吹き飛んだ。
「あ……う……」
呻く恵那の傍らに、女神は転移した。
「……あほやな。なんで抗うねん……あんた、あん時もそうやったやろ……」
どこか悲しげに、口をつく女神の言の葉。
作品名:漆黒のヴァルキュリア 作家名:山下しんか