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ブルースクリーン

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 半分は、怒りに似た感情だ。まったく下らない。小学生が喜ぶような与太話……。でも、なにかが俺を貫いてもいる。びりびりと痺れるなにか。槍のようなものか? 刺さりながら、貫きながらびりびりと痺れて、俺のからだの内側がかき回されているような気がしてくる。具体的な内容は、殆ど頭に入ってこないし、むしろムカつくほどなのだが……。エビゾリ課長が、文字通りエビゾリになってブサイクな奥さんとナニカをしている光景が走馬灯のように(とドラマで言うように)駆け巡る。腹の底が熱い。なにかがそこにあるような感触がある。紙面にか? 体裁もなにも、他のものと違う気はしない。その裏にか? いや、そんなところにあるはずはない。"その"裏には、名前の知らないグラビアアイドルが微笑む表紙があるだけ……。そう思ううちにも、なにかはどんどん漏れ出ていく。内容は頭に入ってこないくせに、文字が、単語が、文が、網膜に焼き付くようにこびりついてくる。文学気取りの元カノが寄越してきたヘミングウェイを3ページで放り投げた俺に、文章の上手い下手なんぞ分かりようがない……というか、これが上手い下手を言うほどに大した文章じゃないことくらいは分かる。これは、そういうことではないのか? この学者の、この、この、なんだろう。分からないが、俺の胸は無駄に熱くなった。こいつが俺の好みだとか、そういう話でもない。"心"も"下半身"も無反応だ。熱いのは……あるいはひりつくほどに冷たいのは、心臓だけだ。たまらず、紙面から顔を上げる。ラウンジの、安っぽいクリーム色の壁。奥には、ババアぞろいの社員食堂……マズくて喰う気にはなれない、それ。掲示板に貼られた、物好きな社長の訓示……毎日張り替えられる。安物の、いくらでも複製出来そうな丸時計……昼メシの時間はもうそろそろ終わりだ。となりでマヌケなツラをこちらに向けている、丸顔のスノブ。その胸ポケットに収まったペンの、林檎のかたちをした装飾。どこか見知らぬ男にからだを許しているエビゾリ課長の娘の幻影。俺が飲んでいる、ロハスがどうのといった説明のあるミネラルウォーターのペットボトル。意味は分からないが、そういったものが、俺を貫いたり、出たり入ったり、ぐるぐると渦巻いていた。

「ど、どうしたんすか、高原サン……」

 スノブがはじめて心配そうな声を出す。無理もない。俺は叫びたかった。走り回りたかった。感動などしていないし、感激などしていない。嬉しくもない。素晴らしいという気持もない。ただ、からだが動き出しそうな、半ば恐怖のような感情があった。なにかが、俺を貫いたのだ。なにか、あるいは、あらゆるものが。

 食堂のテレビから、綾瀬はるかの声。あれを俺はベッドで聴きたいんだ。軽薄な音楽がそれに続く。弟が見ていたアニメのBGMだなあれは、流用しやがって。トップニュース、深刻さを煽るテクノ風の曲。悪化する治安、誰もが内戦とは呼びたくない内紛、海外の偉い人がどうのこうの。今話題の殺人鬼。の話はデパ地下戦争特集のあと。小岩井リンゴジュース、スポーツ飲料、どこぞのデパート、どこぞのガールズバンドのアニメの宣伝。動機の分からない殺人鬼。しゃがれた声のコメンテーターが喋る。動機はまったく幼稚で、支離滅裂で、常軌を逸していて理解出来ませんね。これでは、動機が犯行に結びつきません。交通事故に見せかけた、被害者は新婚を控えた女、動機と犯行が繋がらない、社会の闇、精神分析……再び、綾瀬はるか。映画の宣伝、彼女が読み上げる映画のタイトル、を、かき消す怒号。昼メシはもう今話題の映画です。高原と巣直は早く仕事に観に来てくださいね……愛らしい声に混じるしゃがれた男の声。

 エビゾリ課長の実像、綾瀬はるかは消える。黒いブラウン管、これならテレビもただの箱だ……。映っているのはただ俺の顔。表情は分からない。僅かに発熱していた画面が、社員食堂の寒々しい空気に冷やされていくのを感じる。黒い画面を見つめているうちに、なにか違う色に……あの、仕事中には一番出逢いたくない青い画面に、見えてくる気がするんだ……。そうだ、課長に頭を下げなきゃいけない。すう、と身体の熱が抜けて、俺は手汗で濡れた雑誌をスノブに投げて寄越し、立ち上がった。待機中を示すテレビの電源ランプが、緑色の光を放っていた。
作品名:ブルースクリーン 作家名:不見湍