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ブルースクリーン

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「これってあれですかねぇ、マジなんすかねぇ」

 昼メシはアジのフライ弁当、タルタルソースは別売だが一緒に買うと安くなる。20円程度の値引きじゃ、財布の空腹を満たすにゃ至らないが。あくせく働いてこの程度かと思うとムカつくやら悲しくなるやらだが、独身で若い俺はまったくマシかも知れない、とクールに考えることだってある。"エビゾリ課長"は痩せてるくせに脂ぎってクサいオッサンで気に喰わない奴だが、この前ラウンジの隅でこそこそと独りで弁当喰ってる姿を見てしまった。奴さん、OL向けのカップスープでやり過ごしていやがった。なるほど、アレは安いし具によっちゃ腹もふくれるもんな。妻子持ちは悲しい存在だ。ああいう扱いをされたんじゃ、人間ひねくれるのも頷ける。嫁さんにも娘にも上司にも得意先にも……、あのオッサンが頭を上げられる奴はいない。せいぜい俺たちヒラの部下か、タクシーの運ちゃんか、場末の風俗嬢相手に威勢を張ることは出来るだろうが。金、出世、女だねぇ。週刊現代はウソは言わない。
「すごいなーこれ。ドウブツジキっすよ高原サン!」

 横でウルサい後輩のスノブがさっきから熱を上げて読んでいるのは、週刊現代じゃあないが、似たような週刊誌だった。いや、似たようなというと問題はあるか。スピリチュアルメッセージがどうだの、霊的ロハス生活がどうだの、プチ修行がアツいパワースポット特集だの、動物磁気によるスピリチュアルエクササイズがどうだの、そういう雑誌だ。読んだところで損はないが、得もないタイプの雑誌の典型だろう。まあ、だいたい、どのジャンルの雑誌でも言わんとするところは似通ってるものだが。金の匂いのしない幸せってやつは、なかなかない。

「このアジはなかなか旨いな」

「アジじゃなくてジキっすよ! 知ってるじゃないですか! ドウブツジキ!」

 まあ知っているが、だからどうと言われてもな。"現代に生きる魔法使い"とかいう連中はジッサイにいるらしいが、その姿はとんと見たことがない。テレビで盛んに、「今こそ新しい魔法時代の幕開けだ」などと騒いでいるけど、ネットの意見は大半が「とうとうあいつらキチったな」である。まあ、そうなるな。ただでさえ、そんな連中が増えてすっかり治安が悪くなっちまったんだ。俺が庭付き一戸建ての家を買って、Hカップの綾瀬はるか似の女と結婚するまでは、おとなしくしといてもらいたいもんだ。

「ダメっすねー、高原サン遅れてますよ! 今はHカップよりドウブツジキの時代っす! ワレワレはソクブツ的なカチよりも、もっとケイジジョウ的なシンジツに目を向けるべきなんですよ!ゼンセカイイノウセンゲンってやつ!カガクを……」

 科学をも取り込む、新時代の、"超々"ロマン主義的な、なんだっけ……。というかスノブのやつ、炭火焼肉弁当じゃねぇか。喰わないなら寄越せよ……。俺にご立派な講釈を垂れつつも、スノブは雑誌にかじりついているので、その顔は見えないが、いつもの丸顔で、フヌけたニヤケ面をしていることだろう。どうにもこいつだけがおめでたい頭をもってるんだという錯覚をしてしまいそうになるが、今は世の中どこを見てもこうだ。金は大事じゃないだの、物質より心だの、言葉より気持だの……そんなことを言って、おめでたい奴らは馬鹿騒ぎをするし、おめでたくない奴らはこっそり金をかすめ取る。あくせく働いてなんになるんだ……俺はそれが間違ってるとは言いたくないんだ。でも、俺もそろそろカイソかなんかになるべきかも知れないな。動物磁気の伝道者。

「なんだ、やっぱ気になってんじゃん。 ほら、トクベツに貸してあげますよ!」

 いいようるさい、と言いつつも、ほんの少しは興味のあった俺は、スノブが寄越してきた雑誌をしぶしぶといった顔を作って読んでみた。週刊舎密。名前からして怪しい。見出しは……超常現象、都市伝説、現代魔法、スピリチュアル、萌え系チュパカブラ参上、ハイパーアダムスキー型UFO、プチ動物磁気特集……。よくもまあ。人間は人間の世界で生きるべきなんだ。妖怪変化の類い、宇宙人やら幽霊やら、あれこそが人間の鏡のようなものじゃないか。やたらとUMAだ妖怪だと騒ぐのは、歪んだ鏡に写った自分を見て恋するのと同じことだ。いやはや、アトランティスやらムー大陸でこういうのが流行ってるのなら分かるが、ここは……。
 ん。

「あれ? ああソレ、その人っすよ! 今話題のビジンゴーストライター!」

「ゴーストライターが美人なもんか」

 実は美人だった、ということならあるかもな、などとぱらぱらページをめくる。当然文字など追えやしない。見覚えのある、似たり寄ったりの紙面。ああ、特集のタイトルに使われてる文字の色が違うな。それと、アダルトのページがない。それがないだけで随分と味気なくなるもんだ。

「写真見りゃ分かりますよ!」

「いいか信夫、ゴーストライターの写真なんてものがあってたまるかよ。いや、そりゃどこかにはあるだろうが、雑誌に載せるのはマズい」

「信用ないっすね、ほら、これ!」

 そこには、カジュアルな装いで読者に微笑みかける、若い女のカラー写真が載っていた。記事全体が女っぽい雰囲気で、「ゴーストライター×××が語るふしぎな世界」と銘打たれている。これ自体が心霊写真じゃないか。十二分に不思議だな。

 なんでも、ゴーストライターというのは、俺の言うような意味ではなく、そっち系のネタについて書く記者のことを言っているらしい。まあ、ニュアンスは分からないでもないが、いい加減な横文字の使い方をするもんだ。内容は、それこそ懐かしの怪談モノといったノリで、学生時代なら少しは楽しめたかも知れないが、今となってはむしろこんなモノで金を稼いでいる奴らに殺意が湧くくらいのものだ。俺の何分の一なんだ、これを書く苦労は。なに、単なるオカルトじゃない、新時代の……。ん。

「これは?」

 さっきから、気になっていた。紙面に度々登場する、女の写真。ゴーストライターよりも小さく、分かりにくい感じだ。地味というか、あか抜けない雰囲気があるが、"あか抜けたモノに食傷気味な"俺にとってはこっちの方に目がいく。

「ああ、そのヒトは学者さんだそうっす。ゴーストガクシャーっすね」

 少しページをめくってみると、このガクシャーのインタビューが載っている記事を見つけた。インタビュアーは例のゴーストライターらしい。相変わらず、甘ったるく女っぽい紙面を、半ば必死になって読み解こうとしてみる。そこで語られている具体的な内容は、別のページと似たり寄ったりで、まったく興味を抱けない。そういうものを見ていると、胃がむかむかしてくる。タルタルソースのせいもあるが……。次のページ。見開きの特集。少しシックな体裁。文責はこのゴーストガクシャーとやら。中身は、やはり都市伝説の類いを集めたものらしい。

「あれ、気に入ったっすね?やっぱ高原サンはわかってるなーすごいなー憧れちゃうなー」

 スノブが炭火焼き肉をほおばりながらそんなことを言う。俺は紙面の、なんら興味のない物語を読んでいる。何故だか、身体が熱い。
作品名:ブルースクリーン 作家名:不見湍