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フリコ妖怪

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普段から忘れっぽいのだが、最近は特に酷かったのでこれはなにか別の原因があるのではないかと疑った。冷蔵庫を見る度に、入れておいたはずのスルメがなくなっているから探すのだが、大抵机の上に置いてあったりする。それで、ああ、昨日晩酌をした時に入れ忘れたのかと思って、冷蔵庫に戻す前にちょっと杯を煽り、後日またなくなっていることに気付くのである。

 これはおかしい。いくら忘れっぽい私でも、限度というものがあるはずだ。私は至って健康で、病気であるはずもないから、きっと誰かの仕業なのだろう。

 そう確信した私は、雑誌の広告にあった「厄払い・異能に関する相談受付/宗教法人千里妙解」という団体のことを思い出し、さっそく電話してみた。すると、相談に乗ってやるから出向いてこい、という。茹だるように暑い季節、わざわざ出向くのも面倒だったが、そうしないことにはどうしようもない。電車を乗り継いで片田舎の小さな駅で降り、千里妙解とやらで話を聞いてもらうことになった。

 相談料3万円を払うと、隻眼の若い巫女とやらは「それはフリコ妖怪の仕業です」と教えてくれた。だが、仕業です、と言われても、はいそうですか、と答えて帰るわけにはいかない。そんなもの、聞いたことがない。そうすると、「なら追加料金5000円です」と前置いた上で、巫女はフリコ妖怪について説明してくれた。

 なんでもそれは、冷蔵庫に取り憑く妖怪であるらしい。冷気に弱いため夏場にだけ出没し、寝ている間に冷蔵庫の中のものを盗っていってしまうのだそうだ。それは困る、なんとかしてくれないかと懇願すると、「なら追加料金2万円です」と前置いた上で、巫女は私に「妖怪封じの冷蔵庫」を貸してくれた。両手で抱えられるくらいの小さな冷蔵庫で、普通の白色だが、全体にびっしりと珍妙な経文が書いてある。なるほど、ここにスルメを入れておけば、妖怪が来ても経文に防がれて盗むことが出来なくなるわけだ。これで、今年の夏は気分良く過ごせるだろう。私は何遍も千里妙解の面々に感謝の言葉を述べると、大きさの割りに重たい冷蔵庫を抱えて、汗まみれになりつつ家路についた。

 スルメを新しい冷蔵庫に移してからというもの、スルメが突然消えることはなくなった。これはすごい効き目だ。妖怪封じの冷蔵庫だからといって、スルメの味が変わるわけでもない。私はすっかり得をした気になって、毎晩の晩酌を楽しんだ。

 するとある日の茹だるような昼下がり、冷房をつけているために閉め切っている私の部屋の窓を、なにかがこんこんと叩いた。はじめは鳥かなにかがいるのかと思っていたのだが、それにしてはしつこい。気味が悪くなって音のする方に行ってみると、そこにはばんばんと両手の拳で窓を叩いている小さな妖精がいた。少女のかたちをしており、へとへとになりながら腕を振り下ろし続けていたが、私に気付くとジェスチャーで「窓を開けろ」と指示を送ってくる。まさかこいつが噂のフリコ妖怪かと思って、私は勢い良く窓を開け、ためらいなく両手で妖怪を捕まえた。

 妖怪はひぎゃー、と声を挙げてばたばたと暴れたが、非力なもので痛くも痒くもない。ぱたぱたと動く羽根がこそばゆいくらいである。私はきっちり窓を閉めると、輪ゴムで妖怪を縛り付けて、机の上においた。妖怪は突然捕まえられたことに驚いたのか、腕を縛られて痛かったのか、机の上でくてっとしてしまったが、私がじとっと睨みつけると、涙目になって「やめてやめて、クーラーとめてとめて」と喚き始めた。理由を問うと、「わたし、冷気に弱いです。です」と必死に説明する。それで、これがフリコ妖怪であることを確信した私は、冷房を止めてやることにした。しばらくすると部屋はとても暑くなるだろうが、逃げられたら仕方ないので窓は開けない。

 痛そうにしていたので輪ゴムをとってやると、妖怪は深々と土下座してごめんなさいと謝った。私のスルメを勝手に盗っていたのはお前かと問いつめると、「やぼーる。わたし、わたしです。です」と答える。それで、何をしに来たのかと問うと、妖怪はさめざめと泣きながら、「新しい冷蔵庫のせいでごはん食べれなくなった。このままでは死んでしまう。です。です」と訴える。どうやら、これまでのことは謝るから、改めてスルメを恵んでくれ、ということらしい。だが、今のところ私には妖怪に飯をおごってやる義理などない。何故私のところに来たのか。そう問うと、妖怪は涙をぼたぼたと落としながら説明をはじめた。曰く、妖怪というのは人の魂に繋がって生まれるものである。だから、自分はあなたから離れることが出来ない。他所にいってご飯をいただくことは出来ない。このままでは死んでしまう。です。です。

 それから、ごんごんと頭を机にぶつけながらおめぐみを、おめぐみをと泣いた。だんだん哀れになってきたし、なにより五月蝿かったので、もう金輪際盗みは働くなと約束させたうえで、私はスルメを妖怪にやった。妖怪はすぐ笑顔になって、身体と同じくらいの大きさがあるスルメにかじりついた。なるほど、その様子は子猫だか小鳥のようで、なかなか可愛らしいものである。フリコ妖怪の名の通り、食べながら身体を振子のようにゆらゆらと左右に揺らす。小さな鈴の髪飾りは、音を鳴らさないところを見ると、中に何も入っていないのかも知れない。何十分もかけてスルメを食べ終わると、妖怪は何度も何度もお辞儀をして、ぱたぱたと去って行った。

 それからというもの、妖怪は毎晩のようにやってくるようになった。味をしめたのか、本当に他所に行けないからかは知らないが、まあ、わざわざ頭を下げてまで飯を懇願する妖怪を追い返す必要もないし、なによりスルメ一本で満足するらしいので、家に入れてやることにした。その間だけは冷房を切らなければならないのが辛いが、夜風にうたれながら妖怪のお酌で酒を飲むのもオツなものだ。妖怪は歌を歌ったり、妙な踊りを踊ったり、奇天烈な妖怪界の話をしたり(彼らの世界にも理不尽なヒエラルキーや筆舌に尽くし難い社会矛盾が存在するらしい)して、私を飽きさせなかった。そうして、スルメ一本をじっくりと食し、満足するとまたぱたぱたと帰ってゆく。

 ある日、いつものように私がスルメとお酒を用意して妖怪を待っていると、妖怪はいつもより少し遅れて、よたよたと飛びながらやってきた。

 どうしたのかと思ったら、満面の笑みでイナゴのような虫を銜えているのだった。それは贈り物かなにかと問えば、「やぼーる」と答える。なるほど、猫にはそういう習性があると聞いた。別に、妖怪にも似たような習性があってもおかしくはない。だが、イナゴを貰ってもあまり嬉しくはないし、なにより机が汚れる。私は、ヤボールとはドイツ語だったかフランス語だったか、などと考えつつ、気持ちだけいただくよ、と断った上で、イナゴをゴミ箱に捨てることにした。妖怪は不満そうだったが、スルメを酒に浸してやると、結局は嬉しそうにかぶりついて、ちょっと酔っぱらっていた。
作品名:フリコ妖怪 作家名:不見湍