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ラグランジュのお夜伽話

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"わたしとあうのはもっとかんたんさ。わたしは、月と地球の真ん中にいるから。"

「めがみさまは、そこにずっとひとりでいるの?」

"まあね。いつもここで、月や地球のようすをながめているのさ。そしてたまに、きみみたいな子とおはなしをする。まえは、500ねんくらいむかしだったかな"

 ぼくには、500ねんくらいむかし、がどれくらいむかしなのか、よくわかりませんでした。ぼくのとしをえっと、500でわって……? ぼくは、算数がとてもにが手です。あれれ、あれれ、とこまっていたら、めがみさまがやさしくおしえてくれました。

"きみのおじいさんのおじいさんのおじいさんの、そのまたずーっとおじいさんたちが、きみとおなじくらいのとしのころさ"

「うわぁ。ずっとずっとずーっとむかしなんだ。めがみさまは、さびしくない?」

 ぼくがしんぱいしてそういうと、めがみさまはこのはでぼくの鼻をつん、とつついて、くすくすわらいます。

"わたしにとっては、500ねんなんてすぐだよ。それにいまは、こうしてきみとおはなしができるからね"

「そっか、そうだよね。ぼくもいまはさびしくないもの。でも王さまとお姫さまはきっと、とてもさびしいんだよね……」

 ぼくはまた、えの中の王さまと、月をみました。王さまは、とおい月へとうでをのばしています。煙が、月のほうにのぼっています。そこで、ぼくはおもいつきました。

「ね、ね! めがみさまは、月と地球のまんなかにいるんだよね?」

"そうだよ"

「じゃあ、ひょっとして、もし王さまのたいた煙が月のお姫さまのところにまでとどいたら、めがみさまはそのけむりがみえる?」

"ふふ、そうかも"

「じゃあじゃあ、教えて! みたの? 王さまの煙は、お姫さまにとどいたの?」

 ぼくはそれがとてもきになって、おもわずまどべにかけよって、からだを大きくのりだしてしまいました。でもだいじょうぶ、めがみさまがささえてくれます。

"よくきがつくね。よーし、それじゃ、ぼうえんきょうで、みてごらん。あの月のひょうめんを。うすくてくろい、せんみたいなのがみえないかい?"

 めがみさまのことばをきいて、ぼくはぼうへんきょうをのぞきこんで、とおくの月に目をこらします。風がつめたくて、ほっぺたがひえてしまいそう。きらきらひかる星たちのそば、白くひかる月のひょうめんには、たしかに、うすいせんみたいなものがみえました。

「うーん、月のうさぎさんの横……あれが煙のあと、かな?」

"そうだね。あれが、月までとどいた煙のあとさ。わたしがみとどけたからまちがいないよ。王さまの煙は、しっかりあそこまで届いたんだよ"

 めがみさまが、流れ星のウィンクをしてくれました。ぼくはうれしくなって、またからだをのりだしてしまいそうになったけど、夜にまどをあけているのをしられたらお母さんにおこられてしまうので、机にもどることにしました。
 手もとには、王さまとお姫さまのお話がのった、きょうかしょ。かなしそうな目をした、王さまのえ。でも、いまは、その顔もすこし、あんしんしたように見えたのでした。ひょっとしたら、王さまも、煙がちゃんととどいたことを、わかったのかもしれません。

"さあ、今日はもうねなさい。お姫さまもルールをちゃんと守ったのだから、きみもねぼうしちゃだめだよ"

 めがみさまが、すこしつよくカーテンをゆらして、そういいました。それでぼくは、もうねる時間をだいぶすぎてしまったことにきづき、いそいでベッドにはいります。部屋のなかには、しろい月あかりと黒いかげ。とうとうと風のしずかなこえがきこえて、夜はとてもおだやかです。

「ぼくね、月に行くときはね、ちゃんとこのきょうかしょももっていくんだ。それで、お姫さまにあって、お話をきくよ」

 ベッドにはいってまどをしめつつ、ぼくはめがみさまにいいました。めがみさまは、目をほそめてわらいかけてくれたようでした。

"そうだね、それがいい。私のいるところまできたら、ちゃんとよっていきなさいな。おいしい紅茶をよういしてまってるから"

 そうして、めがみさまは子守うたをうたってくれました。とうとう、うぉおん、ひゅおう。とうとう、とうとう、ひゅおう。柔らかい月あかりの手が、ぼくのひたいをなでてくれます。それは、とてもやさしくて、きもちよくて、ぼくはすぐに、うとうとしてしまうのでした……。

 ……おやすみなさい、めがみさま。また、つぎのまんげつのよるに。

***

「ラテラの銀の卵。白い月。さよなら青い星。……全てこの世は事もなし」
 波のうねりのようにたゆたう微エーテルの髪を靡かせて、白金の女神は星間放射線の波間に揺れていた。潮騒こそ聞こえぬものの、満天の世界に散らばる星々の明滅が、静かで心地よい子守唄を奏でる。
 白絹の衣がたおやかに遊ぶその眼下に、吸い込まれそうなほどに大きくて深い、青の星が沈んでいる。反対を見上げれば、突き放されそうなほどに綺麗で遠い、白の星が浮かんでいる。女神はそのどちらにも手を伸ばさず、そのどちらにも一瞥をくれて、流星の溜息をついた。
「悲しいかな、月はもはや帰ることはない。ラテラ、君たちには、青い星はもう古いというのか。彼らを生かしているのが君たち自身に他ならないというのに、彼らを見殺しにするつもりか? 緩慢な死を生きていると知ったら、あの星はもはや保つまい。煙を焚き、遠くの海に、自分の死んだずっとあとに小さな徴を残すのも、それもまた一興じゃないか。それすら許さないのか」
 黒い海には、青い星のもつ夜も昼もない。暗闇と明かりは無限に思え、白い月は鏡のように鋭利で冷たく、物言わず虚空に飛び去っていく。さようなら青い星、緩慢な死は彼らが気付く前に始まっていた。女神は音のない波間に揺れて、たゆたいたゆたい、静寂に沈む。
作品名:ラグランジュのお夜伽話 作家名:不見湍