ラグランジュのお夜伽話
「……そうして、王さまは、なが生きのくすりを、いちばんおおきな山のてっぺんに行って、もやしてしまいました……」
ぼくがおはなしをよみおえると、めがみさまはいつもそよそよとはくしゅをしてくれます。べんきょう机にすわって、レースのカーテンがゆれる小さなまどからそとをみると、やっぱりこんやもきれいなお月さまがでていました。ぼくはなんだかうれしくなって、えんぴつをくるくるとまわします。
「月のお姫さま、かえっちゃったんだね」
とてもかなしいです。王さまとけっこんするやくそくをしたのに、お姫さまはとおいとおい月のせかいにかえってしまったのです。ぼくは、きょうかしょのえの中の、かなしそうなかおをしてなが生きのくすりをもやしている王さまをみました。ながいけむりが、そらのお月さまにまでのびています。王さまはずっと、それをみあげています。
"月はいつだってとおいね"
めがみさまがいいました。めがみさまの月あかりのしろい手が、カーテンをやさしくなでてくれます。
「なんでお姫さまはかえっちゃったのかな? 王さまのこと、きらいになっちゃったのかな」
ぼくがそうやってきくと、いつだってめがみさまはこたえてくれます。
"そうかな。わたしは、お姫さまはずっと、王さまのことが好きなんだとおもうな。なが生きのくすりをのこしていったもの。王さまにもずっと、好きでいてほしかったんじゃないかな"
「うーん」
"きらいになんかなるもんか。きみだって、お父さんやお母さんのことは、いつだって、ずっと好きでしょ?"
ぼくはうなづいて、でもたまにおこるからいや、とつけたしました。
"ふふふ。でも、いやなときだって、きっと好きなままでいるはずだよ。またなかなおりするでしょう"
「じゃあどうして、お姫さまはかえってしまったの? 王さまがかわいそうだよ」
えの中の王さまがかわいそうで、ぼくはちょっとおこったようなしゃべりかたでめがみさまにそうききました。めがみさまは、すこしえがおをくもらせます。きょうかしょのえが、すこし見えにくくなってしまいます。
"月の人は、ずっと地球にはいられないんだ。悪いことをしちゃった、ううん、ルールをまもれなかった月の人が、地球にきて、それで、ちゃんとごめんなさい、ってはんせいしたら、また月にかえらなくちゃいけないんだ"
「学校のおしおき部屋みたい」
"そうだね"
学校のおしおき部屋は、いつものきょうしつからはすこしとおい、"古くてつかわれなくなったたてもの"にあります。せまくて、くらくて、こわいところです。ぎしぎし、がたがたします。そこにはいっているあいだは、ともだちとお話することもできません。古いから、もうなおさないから、あぶないんだけど、それがおしおきだって。でも、古くて、もうなおさないから、ずっといることはできないんだって。だから、ずっといることはできないんだって。おしおき部屋にはずっとユーリがいるけど、ぼくはユーリとずっといっしょにいちゃいけないのです。
「お姫さまはなにか悪いことをしちゃったの? でも、お話の中のお姫さまは、悪い人じゃなかったよ」
ちょっぴりおどろいて、またぼくはつよいしゃべりかたをしてしまいます。部屋がまたすこしあかるくなりました。
"ふふ。きみだってまえに、宿題をわすれておしおき部屋にはいったことがあったでしょ。でもわたしは、君が悪い人じゃないってしってるよ"
「でも……」
"学校にもルールがあるし、月だってそうさ。お姫さまはちゃんと反省したから、月に帰っていったのさ。"
「お話にはかいてないよ」
"君がおしおき部屋にはいったときだって、ともだちになんではいったかおしえたかい?"
ぼくはくびをよこにふりました。おしおき部屋につれていかれて、ひとばんそこにいて、それからちゃんと宿題をやったことをおもいだして、それからくちびるのやわらかいユーリのこともおもいだして、ぼくはお姫さまのことがちょっぴりわかったような気がしました。めがみさまのいうことはいつだってただしいんですから。
「それじゃあ、ルールだから、お姫さまはかえってしまったの? やっぱりかわいそう」
めがみさまは、ひゅぅっとやさしく、ぼくのかみをなでてくれます。
"そうだね。でも、おもいだしてごらん。学校の給食は、きらいな食べ物がでても残しちゃいけないでしょ?"
「うん。にんじんが出ても、食べなきゃだめ。おそうじの時間になっても、かたづけちゃいけないんだよ」
"もし、ミゲルがにんじんを残したとして……"
「ミゲルがきらいなのは牛乳だよ」
"じゃあ、牛乳を残したとしようか。先生は、ミゲルがかわいそうだからって、それをゆるしてあげる。きみは、にんじんをたべなきゃいけない。どう思うかな?"
ぼくは、マーガレット先生のつんとするおけしょうのにおいと、にんじんのあのいやなにおいをおもいだしながらすこしかんがえます。
「うーん、ずるい、って思うかな。ミゲルだけどうして?って」
"でしょ。それとおなじ。お姫さまも、かわいそうでも、ルールをまもらなきゃね"
「そっか」
たまに、こっそりのこしたりするのだけど、ぼくはいわないでおきました。
「でもそうしたら、王さまはとてもかわいそうだね……」
"だから、なが生きのくすりを焼いてしまったのかもしれないね"
「どうして?」
"お姫さまとおわかれするなら、ずっとなが生きしても、それをお姫さまにつたえることはできない。ならいっそ、煙になって、お姫さまのいる月まで届いてほしい、つながってほしい、とおもったんじゃないかな"
「ずっとひとりだと、さびしいから?」
"それに、お姫さまにあいさつするには、煙をたくしかないでしょ"
「……そっか。お月さまにはお手紙、とどけられないもんね」
ぼくは、まどの外のまん丸い月をみあげました。とてもとおくにあります。とてもとても。ちいさくみえます。きっと、ポストにお手紙を入れても、はいたつ屋さんはとどけてくれないのでしょう。それからまた、えをみました。王さまの焼いてしまったくすりのけむりは、ちゃんと月までとどいています。
「でもぼくは、こう思うな。"くすりをのんで、いつかぼくが月にいけるようになるまでまとう"って。まっていれば、きっといつか、いけるようになるもの」
ぼくがそういうと、めがみさまはくすりとわらって、月あかりのてでぼくのじまんのぼうえんきょうをさらりとなでました。
"うちゅうひこうしになるんだものね、きみは。まっていればいつか……そうかもしれない"
「だってぼく……月にいってみたいし、お姫さまにもあって、王さまのお手紙をとどけたいもの。それに、……めがみさまにだって、あいたいし」
ちょっぴりほっぺたがあつくなりました。めがみさまは、それをうれしそうにきいてくれて、ちょっとあんしんしました。
"ふふ。そうだね、きっと、うん、ぜったいに、そうなさい。王さまはあきらめてしまったけど、あきらめないきみなら、月までいけるかもしれないから"
「そうしたら、めがみさまにも、あえる?」
ぼくがおはなしをよみおえると、めがみさまはいつもそよそよとはくしゅをしてくれます。べんきょう机にすわって、レースのカーテンがゆれる小さなまどからそとをみると、やっぱりこんやもきれいなお月さまがでていました。ぼくはなんだかうれしくなって、えんぴつをくるくるとまわします。
「月のお姫さま、かえっちゃったんだね」
とてもかなしいです。王さまとけっこんするやくそくをしたのに、お姫さまはとおいとおい月のせかいにかえってしまったのです。ぼくは、きょうかしょのえの中の、かなしそうなかおをしてなが生きのくすりをもやしている王さまをみました。ながいけむりが、そらのお月さまにまでのびています。王さまはずっと、それをみあげています。
"月はいつだってとおいね"
めがみさまがいいました。めがみさまの月あかりのしろい手が、カーテンをやさしくなでてくれます。
「なんでお姫さまはかえっちゃったのかな? 王さまのこと、きらいになっちゃったのかな」
ぼくがそうやってきくと、いつだってめがみさまはこたえてくれます。
"そうかな。わたしは、お姫さまはずっと、王さまのことが好きなんだとおもうな。なが生きのくすりをのこしていったもの。王さまにもずっと、好きでいてほしかったんじゃないかな"
「うーん」
"きらいになんかなるもんか。きみだって、お父さんやお母さんのことは、いつだって、ずっと好きでしょ?"
ぼくはうなづいて、でもたまにおこるからいや、とつけたしました。
"ふふふ。でも、いやなときだって、きっと好きなままでいるはずだよ。またなかなおりするでしょう"
「じゃあどうして、お姫さまはかえってしまったの? 王さまがかわいそうだよ」
えの中の王さまがかわいそうで、ぼくはちょっとおこったようなしゃべりかたでめがみさまにそうききました。めがみさまは、すこしえがおをくもらせます。きょうかしょのえが、すこし見えにくくなってしまいます。
"月の人は、ずっと地球にはいられないんだ。悪いことをしちゃった、ううん、ルールをまもれなかった月の人が、地球にきて、それで、ちゃんとごめんなさい、ってはんせいしたら、また月にかえらなくちゃいけないんだ"
「学校のおしおき部屋みたい」
"そうだね"
学校のおしおき部屋は、いつものきょうしつからはすこしとおい、"古くてつかわれなくなったたてもの"にあります。せまくて、くらくて、こわいところです。ぎしぎし、がたがたします。そこにはいっているあいだは、ともだちとお話することもできません。古いから、もうなおさないから、あぶないんだけど、それがおしおきだって。でも、古くて、もうなおさないから、ずっといることはできないんだって。だから、ずっといることはできないんだって。おしおき部屋にはずっとユーリがいるけど、ぼくはユーリとずっといっしょにいちゃいけないのです。
「お姫さまはなにか悪いことをしちゃったの? でも、お話の中のお姫さまは、悪い人じゃなかったよ」
ちょっぴりおどろいて、またぼくはつよいしゃべりかたをしてしまいます。部屋がまたすこしあかるくなりました。
"ふふ。きみだってまえに、宿題をわすれておしおき部屋にはいったことがあったでしょ。でもわたしは、君が悪い人じゃないってしってるよ"
「でも……」
"学校にもルールがあるし、月だってそうさ。お姫さまはちゃんと反省したから、月に帰っていったのさ。"
「お話にはかいてないよ」
"君がおしおき部屋にはいったときだって、ともだちになんではいったかおしえたかい?"
ぼくはくびをよこにふりました。おしおき部屋につれていかれて、ひとばんそこにいて、それからちゃんと宿題をやったことをおもいだして、それからくちびるのやわらかいユーリのこともおもいだして、ぼくはお姫さまのことがちょっぴりわかったような気がしました。めがみさまのいうことはいつだってただしいんですから。
「それじゃあ、ルールだから、お姫さまはかえってしまったの? やっぱりかわいそう」
めがみさまは、ひゅぅっとやさしく、ぼくのかみをなでてくれます。
"そうだね。でも、おもいだしてごらん。学校の給食は、きらいな食べ物がでても残しちゃいけないでしょ?"
「うん。にんじんが出ても、食べなきゃだめ。おそうじの時間になっても、かたづけちゃいけないんだよ」
"もし、ミゲルがにんじんを残したとして……"
「ミゲルがきらいなのは牛乳だよ」
"じゃあ、牛乳を残したとしようか。先生は、ミゲルがかわいそうだからって、それをゆるしてあげる。きみは、にんじんをたべなきゃいけない。どう思うかな?"
ぼくは、マーガレット先生のつんとするおけしょうのにおいと、にんじんのあのいやなにおいをおもいだしながらすこしかんがえます。
「うーん、ずるい、って思うかな。ミゲルだけどうして?って」
"でしょ。それとおなじ。お姫さまも、かわいそうでも、ルールをまもらなきゃね"
「そっか」
たまに、こっそりのこしたりするのだけど、ぼくはいわないでおきました。
「でもそうしたら、王さまはとてもかわいそうだね……」
"だから、なが生きのくすりを焼いてしまったのかもしれないね"
「どうして?」
"お姫さまとおわかれするなら、ずっとなが生きしても、それをお姫さまにつたえることはできない。ならいっそ、煙になって、お姫さまのいる月まで届いてほしい、つながってほしい、とおもったんじゃないかな"
「ずっとひとりだと、さびしいから?」
"それに、お姫さまにあいさつするには、煙をたくしかないでしょ"
「……そっか。お月さまにはお手紙、とどけられないもんね」
ぼくは、まどの外のまん丸い月をみあげました。とてもとおくにあります。とてもとても。ちいさくみえます。きっと、ポストにお手紙を入れても、はいたつ屋さんはとどけてくれないのでしょう。それからまた、えをみました。王さまの焼いてしまったくすりのけむりは、ちゃんと月までとどいています。
「でもぼくは、こう思うな。"くすりをのんで、いつかぼくが月にいけるようになるまでまとう"って。まっていれば、きっといつか、いけるようになるもの」
ぼくがそういうと、めがみさまはくすりとわらって、月あかりのてでぼくのじまんのぼうえんきょうをさらりとなでました。
"うちゅうひこうしになるんだものね、きみは。まっていればいつか……そうかもしれない"
「だってぼく……月にいってみたいし、お姫さまにもあって、王さまのお手紙をとどけたいもの。それに、……めがみさまにだって、あいたいし」
ちょっぴりほっぺたがあつくなりました。めがみさまは、それをうれしそうにきいてくれて、ちょっとあんしんしました。
"ふふ。そうだね、きっと、うん、ぜったいに、そうなさい。王さまはあきらめてしまったけど、あきらめないきみなら、月までいけるかもしれないから"
「そうしたら、めがみさまにも、あえる?」
作品名:ラグランジュのお夜伽話 作家名:不見湍