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月に叢雲 花に風

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 私の記憶は、振り下ろされた一太刀から始まる。


 手に握られた白刃。
 対峙する陰影の化物。

 刹那、闇が途切れた。私の刃が空を裂く。
 血の代わりに溢れる、真紅の光。
 闇の魔物は光によって内側から弾け、溶ける様に消えた。
 振り返る。
 そして呼ばれたのは与えられた第二の名前。

「唯」

 私の本当の名前は知らない。憶えていない。ただ、この名前が『本物』でないことだけは本能が理解していた。

「今日もお疲れ様。相変わらず見事なお手並みだね」

「……どうせ、すぐに蘇るでしょう」

 私は感情もなく答える。彼はいつものように肩をすくめて性悪く笑う。

 長い髪を緩く結んだ男。
 サングラスを外すと、ヘテロクロミアが暗闇に浮かび上がる。

「久遠」

 その碧い右目と名前。それ以外の、彼の存在証明を私は知らない。

作品名:月に叢雲 花に風 作家名:篠宮あさと